a naughty anpanman
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BGM♪ Virtual insanity / Jamiroquai


好きこそものの上手なれ。

昔から「機械イジり」が好きであった。小学校からの帰りしなにゴミ捨て場から壊れた時計や炊飯器、ラジカセなどを
拾ってきては、くまなく分解して庭先を散らかしてみたり。はたまた、愛犬住まう犬小屋に、油まみれた
それらの部品をコレクションしてみたり。ばらした部品を組み合わせて、まったく意味不明な機械らしきもの
を作ってみたり。そして、それを愛犬住まう犬小屋にコレクションしてみたり。

母親泣かせの分解・蒐集癖を遺憾無く発揮していた私だが、それが幸いして、自慢ではないが機械イジり
にはそこそこの自信がついていった。

中学生のころには、近所でも「機械が得意な少年」ということで少々名が知れ、やれビデオデッキを買ってきたが
繋ぎ方がわからん・・・というお宅に呼ばれて繋いだり、やれ扇風機が回らなくなった・・・というお宅に呼ばれて
分解修理してみせたり。挙句の果てには近所のオバサマたちから、当時流行っていた「アッシー君」や「貢ぐ君」に
ちなんで「繋ぐ君」(電気コード類を自在に繋ぎ操るから)と呼ばれたりして、何かと重宝がられていた。

そんなこんなで今に至り、昨今でもよく機械に関して頼られることが多い。今どき多いのは、やはりパソコン
のトラブルである。一般家庭に於いて、機械が苦手な人にとって一番厄介なのがパソコンのトラブルであろう。
ブラウン管テレビや洗濯機なら、必殺の空手チョップや回し蹴りをお見舞いしてやれば、それでケロリと直って
しまったりするカワイゲがあるのだが、繊細な電子部品の集合体たるパソコンともなると、そんなものお見舞い
した日には真っ二つになってしまう。

これは人間にも言える。頑丈単純なボブ・サップが珍しく風邪をひいたとする。そんなボブを極寒の日本海
にでも放り込めば、荒治療効果覿面に本懐し、そのままウラジオストクあたりまで泳いでいってしまうかもしれない。
はたまた、繊細虚弱な太宰治が毎度の様に風邪をひき、炬燵で猫の様に丸くなっていたとする。そんな
太宰を引きずり出して玉川上水にでも放り込めば、荒治療効果応報に鬱ぎこみ、そのままぶくぶくと
沈んで逝ってしまうかもしれない。

実際、遅い動きに憤慨して、ショック療法の正拳突きを喰らわせたら、
パソコンがウンともスンとも言わなくなって逝ってしまった可哀相な人を、私は知っている。

仕事の片手間で、そんなトラブルを抱えたパソコンを直したりすることが多いのだが、先日、友人のパソコン
を直した際にこんなことがあった。

その友人A(男・独身・30代)は、パソコン・・・というか、機械全般に於いてその仕組みや管理に疎く、使い放し
で「メンテナンス放置状態」のノートパソコンの調子が悪いと泣きついてきた。見てみれば、そのパソコンの
動作は、足かせを嵌めた亀の様に遅く、百日紅の木の上で泥酔した猿の様に不安定であった。

一通りのメンテナンスをしても動作が重たいので、インターネットなどから感染するウイルスやスパイウェアを
疑ってみると・・・それらを監視するセキュリティソフトが、とうの昔に期限切れになって停止しており、
何の用も成していなかった。しかも、何故かそんな意味のないセキュリティソフトが三つも入っていた。

呆れ果てて本人に、なんでこんな状態なのかと問いただすも、意味がよくわからないという。
まぁ・・・よくわからないから、私の助け舟を求めたのであろうが。

さっそく新しいセキュリティソフトを導入し、感染を検索してみると・・・でるわでるわ。
パソコンの動作に悪影響を及ぼすスパイウェアやウイルスたちが、未曾有の大漁であった。

Aのパソコンの状態を四畳半の部屋に例えると、ゴミや洗濯物、古雑誌や空瓶、男臭い万年床に煎餅布団、
こぼれてそのままのカップラーメン・・・などなどが散らかり放題(いらないデータが多い)な上に、
ゴキブリ(ウイルス)だらけである。ゴキブリホイホイ(セキュリティソフト)は三つも置いてあるのだが、
その中のベトベトの部分はすでに隙間なくゴキブリで黒々と埋まって用を成さなくなっており、ただの
「ゴキブリのいっぱい入った箱」と化している。そんな感じだ。

私くらい少しパソコンの分かる者が見れば、Aのそれは、いささか見るに耐えない状態のシロモノであった。

四苦八苦して散らかった部屋を片付け、邪悪な大量のゴキブリ達を撃退して、どうにか速くて安定した動作で
使えるようにしてやると、Aは驚くほど狂喜し、さっそく快適になったパソコンの動作を確認し始めた。

のだが・・・

あろうことか、インターネットで海外発信過激的猥褻動画項をつらつらと紐解いて動作を確かめているではないか。
しかも、パソコンに滅法疎いくせに、猥褻項に限っての操り方と詳しさと無駄のない動きの神がかり的な
ことといったら、まるで水を得た魚。筆を得た弘法。金棒を得た鬼。顔を得たアンパンマン。

先ほどまで、懸命にパソコンをメンテナンスする私の脇で胡坐をかき、興味無さ気に、のんべんだらりと魂を天井あたり
まで抜いてポケ~っとしていたこの男が、今や目に一点の曇りもなく、心なしか知的な眼光を点らせて、
マウスさばきも鮮やかにパソコンを操作している。その姿だけ見れば東大卒のエリートが、ノートパソコンで
仕事をテキパキとこなしている様な趣がある。画面に映っているのが、淫靡極まりない桃色風景であるのが
非常に残念だが。

男性諸君なら誰でも身に覚えがあるであろう。初めてのインターネットで桃色な秘め事を成そうとし、
そこかしこに張り巡らされた罠に痛い目に遭い、買ったばかりのパソコンが毒牙に曝され調子が悪くなる。
そこで大概二者に分かれるものだ。痛い目に懲りて二度とインターネットの桃色世界に手を出さなくなる者。
または、恐れよりも本能が勝り、試行錯誤で桃色世界の卑劣な罠と戦い、知らぬ間にパソコンにも強くなっている者。
もちろん私は後者だが、Aの場合はどちらにも属さない稀有な存在だ。彼は、本能の赴くまま、強引且つ大胆に、
機械音痴もなんのその、と突き進んだ結果、桃色世界の強者と成り得た。しかし、パソコンには全然強くなれなかった。
そしてなろうともしなかった。当然の結果、パソコンはゴキブリだらけの廃れ四畳半と相なった訳である。

大切な相棒たるパソコンに対する知識を身につけ、もう二度と粗末に扱うべからずと釘を刺したのだが、
人には得手不得手があるのは否めない。
ならばせめて、またしても懲りずにゴキブリを繁殖させてしまった四畳半から、間違ってもカードで
アマゾン川に流れる品々のお買い物などしない様にと祈るだけである。

急に冷え込んで、見事に風邪っぴきな今日この頃である。

model : yuya tsuruta
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# by hideet-seesaw | 2011-09-25 22:21 | photograph
river sprite
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BGM♪ Cavatina -theme from the movie "The Deer Hunter"- / Kaori Muraji


今でこそ「あきる野の泳ぐフェラーリ」と、他称はないので自称するほどの水泳好きである私だが、
実は物心ついた頃には、水が怖くて泳げなかった。

私の父という人は、高校時代に水泳部の主将を務めたほどの水泳狂いで、当時、泳げない私をどこかの
プールに連れて行っては、ものすごく高い飛び込み台からモモンガの様に跳んで見せたり、激流の秋川渓谷上流に
連れて行っては、ビーバーの様に潜って見せたり。はたまた、水泳部時代の父が、卑猥なほど小さな競泳水着で
筋肉をムキキっとさせた、自画自賛な白黒写真を引き出しの奥からゴソゴソと出しては見せつけたり、
今は亡き「アイドルだらけの水泳大会」を観ながらストップウォッチでアイドル達の50m競泳タイムを計り、
「郷ひろみよりも、俺の方が速い・・・ふふふ」などと、これ見よがしに呟いてみたりと、
「水泳できるとカッコイイんだぜ」と執拗に私にアピールしていた。そして、男たるもの泳ぎのひとつも出来ない
なんて、カッコ悪いしモテないんだぞ・・・みたいなことを訥々と私に語って聞かせていた。

しかし、怖いものは怖い。近所を流れる東京で一番美しい秋川渓谷も、浅い所は鮎や鮠の泳ぐ姿が、木漏れ日に
輝く水面から垣間見えて美しく、幼心に水辺の趣が大層好きであったが、黒洞々たる流れ淀んだ深い淵は、
見るだに恐ろしく、側にゆくだけで戦々恐々として足が竦んでしまったものであった。

そんな、あきる野っ子にあるまじき貧弱気弱な私に業を煮やした父は、ある日突然、なんの前触れもなく
問答無用の強硬手段に出たのであった。

ある夏の日。父は私を「山に行こう」と誘い、愛犬と共に車に乗せて山へ向った。郷土料理屋を営む父が、
私を連れて食材の山菜やキノコを採りに山へ行くことは別段珍しいことではなかったので、その日も喜び
付いて行ったのだが、山の奥深いところに着くや、川の流れの深いところに突然私を放り投げたのだ。
父は私を放り投げながら「溺れても大丈夫だ!俺が助けるから頑張って泳いでみろ!」的なことを叫んで
いたが、私は正直「俺、死んだ・・・」と思ったものだ。案の定溺れる私を、後から飛び込んできた父は救い
ながら「暴れないでじっとしていてみろ。浮かぶから。」と言い放ち、ついでに手も放ってしまうので、また溺れた。
一緒に来ていた愛犬が、そんな様子を川べりでヘラヘラと笑っているように見えたのが、やけに印象に残っている。

その日、結局溺れて水をしこたま飲んだだけの私は、父が「よく頑張ったな」などと褒めてくれたが、
イジけにイジけて、川砂利にわれ泣きぬれて沢蟹とたはむれた。

その数日後。いつもなら保育園に行く時間に母が「お父さんが、今日は保育園休んでいいってさ・・・」
と言ってきた。本来なら思い掛けないホリデーに喜ぶところだが、数日前の傷心を引きずっていた私は、
その日の母の表情に一種異様なものを動物的な勘で敏感に感じ取り、子供部屋のタンスの中に隠れた。
事情を知っていた母はポーカーフェイスのつもりであっただろうが、強引な父のやり方を心配する母親の情
が表情に出ていたのだろう。そして、潜伏空しく私は他愛もなく父に見つかり捕獲され、「今日は浮き輪を
していいぞ」とダマされ、それなら楽しそうだと、他愛もなくサマーランドに連行されて数日前と同じ憂き目に遭った。

しかし、散々な思いをしつつも、その日を境に私の中から水への恐怖が嘘の様に消え去り、息を止めて潜ったり、
ヘタクソな犬カキで泳ぐことが出来るようになったのだ。その日、父は泳げない私を叱ることはせずに、
「お!今一瞬潜れたじゃないか!」とか、「お前はバタ足は最高に上手いな~」とか、小さなことを褒め
まくってくれたのだ。それがなんだか嬉しくて、必死で溺れ泳ぐうちに、水と戯れるのが楽しくなっていたのだった。
おまけにサマーランドからの帰りしな、お土産売り場で「秀人。今日は頑張って泳げるようになったから、
なにか好きなものを買ってやる」と言い、ブルドーザーのミニカーを買ってくれた。
今思うと、なんとも分かり易い「飴と鞭」である。大人になってから、そのときの事を父に訊ねると、
「まぁ・・・泳げるようになったんだから、いいじゃねーか。あはは」と答えた。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とし・・・」の諺を見ると、この時のことがいつもありありと思い浮かぶ。
あきる野っ子は小学生にもなると、夏休みは朝から晩まで飽かず秋川渓谷で河童の様に泳ぎまくり、
皆真っ黒に日焼けして過ごしていた。そんなあきる野っ子の友達たちには、私の知る限り、
泳ぎの苦手なヤツは誰一人としていなかった。

私は、獅子の様な父のおかげで河童になった。

photo : from "Kagetsu Bridge" Akiruno 2009.9
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# by hideet-seesaw | 2011-09-12 01:43 | photograph
viva! non-no
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BGM♪ 涙がキラリ☆ / Spitz


以前も書いたが、温泉センターが滅法好きである。郊外の、どの街にも一つくらいはあるアレだ。

最近、車で10分ほどの近所に「灯台下暗し」な温泉センターがあるのを発見し、連日のように欣喜雀躍
と通いつめている。撮影で疲れた体を癒し、パソコンと睨めっこして凝り固まった心をほぐすために。

風呂に入るときは勿論、誰でもみんな裸になるわけだが、ここに服を纏った時とは違う人間観察の面白味
がある。堂々と胸を張って前も露わに大股で入ってくるヒトもいれば、ちゃんと前をタオルで
巧妙に隠し入ってくるヒトもいる。これは外見に関係なく人それぞれなので面白い。

一見草食系の気弱な感じの青年が、ガニ股で己の「珍」をモロ出しで、どかどかッとタオルを肩に担いだイナセな姿
で現れたり、はたまた、ボディービルダー顔負けの超マッチョ体育会系な色黒のお兄ちゃんが、ピンクの
小さなタオルで己の「狆」をチョコンと隠しつつコソコソっと現れたりと、この意外性が面白い。
そういうお前はどうなのだ?と訊かれれば、私はあの広い浴場や露天風呂の開放感を存分に味わいたい
ので、「朕」も露わな一糸纏わぬスッポンポンである。露天風呂脇にあるスノコを載せた「寝転び台」に
その姿で寝転び、風呂で火照った体を仰向けにして、流れる雲や飛び交うツバメを眺めつつ風に吹かれて
いると、そのまま空を飛んでゆきそうな開放感に思わず垂涎する。行ける時には、一日の疲れがどっと
出る黄昏時が好ましい。
風呂で癒されたフル朕で露天風呂脇に寝そべり、どこかの家の換気扇から漂ってくる香りに鼻を蠢かせ、
今夜はカレーにしてみよう・・・などと、食欲もひとしおである。

・・・が、そんな風呂屋では、しばし私の心の葛藤を促す出来事があるのだ。

風呂屋のスタッフであるオバサマたちが、掃除やお湯の検査、サウナの敷きタオルの交換、
備え付けシャンプーなどの補充のために約30分間隔で、やおら男湯に登場するのだ。

母親よりずっとご年配かと思われるオバサマたちと言えども女性である。
脇目も振らず、見事なフットワークで浴室内の作業をこなして、まるで空気のように黒子に徹するのだが、
いきなり現れた女性に対し「朕」を丸出しでオラオラっと闊歩しているのが、なんだか気恥ずかしくなってしまう
のは、これ人情というものであろう。

勿論、スタッフのオバサマたちは黙々と業務に徹しているわけで、ましてや私みたいな小汚い
男の裸体など興味のキョの字もないであろうが、やはり女性の前でそのままいるのは動揺してしまう。
他のメンズたちはどうなのか・・・?と浴室内を観察してみれば、さっきまで私同様「おらおら朕」の我が物顔で
浴場のど真ん中を闊歩していた御仁が心なしか通路の端っこをやけにそそくさと湯船に向ってゆき、
湯船に浸かりながら露骨な猥談に花を咲かせていた大学生たちは一斉に話題を変え、
ガバっとガニマタで頭髪をガシガシっと「男洗い」していたトッポイ兄ちゃんの「ガニマタ」が
「ニマタ」くらいにしぼんでしまったりしている様子が伺えたりする。
そこへきて私は、堂々と「曝し朕」すべきか、はたまたコソコソと「隠し朕」すべきか迷った挙句、
そのオバサマたちが居ないかの様に、そのままでいることにした。心の中ではかなりの動揺があるのだが。

それが、男湯に堂々と登場し、仕事に徹する彼女たちに対する礼儀であると勝手に心得たからだ。

と言うのは方便で、ただ気恥ずかしさを悟られるのがイヤな見栄っ張りなだけであるが。

そこで最近物思う。もしこれが天下の往来であったなら、たちまち私は猥褻物陳列的な罪により、要するに
ヘンタイとして連行されてしまうだろう。そして、今夜の夕食に・・・と予定していたカレーではなく、
無機質な部屋のスチール机で、刑事が出前を頼んでくれたカツ丼をボソボソと食べるハメになるだろう。

ということは・・・そう。大衆風呂とはちょっとした無法地帯なのである。そんな「ちょいアウトロー」な風呂屋
ってものが、開放的で私は大好きである。

先日、ちょいと長湯して良い気分になった浴場からの帰りしな、浴場出口の脇に「フット&ハンド・ダブル
マッサージャー!」などと、仰々しい幟が立っているコーナーがあるのに気づいた。よく見れば、なんの
ことはない。手首の大きさに二つ穴が開いたマッサージ器が机の上に置いてあり、その机の下に、
足の大きさに二つ穴の開いたマッサージ器が置いてあるだけのことであった。なんとも大袈裟な幟である。
普段だったら「ダブルじゃないじゃん。セパレートじゃん。」などと意味不明の毒をついて見向きもしないが、
その日は大変気分が良かったので、300円を払ってその機械を使ってみることにした。
旅行先でハイテンションになって、財布の紐が緩くなるのに似た気分である。

さっそく硬貨を投入し手足を機械に突っ込んで待機していると、10秒ほどして機械が動き出した。が、
調整が強すぎて手足がギチギチと締め上げられて、髪の毛が逆立つほど痛いではないか。
これはタマラン・・・と、ギチギチと締め上げる機械からようやっと手足を引っこ抜き、
目の前に貼ってある「使い方」の貼り紙をよく見ると、手足の各機械の脇に調整ボタンが付いていて、
それで強弱を調整できるとある。やれやれと、手、足、両方の機械の締め付けを弱くして再度手足を
突っ込もうとしたところ・・・作動中のマッサージ部分の「ゴロゴロ」が邪魔をして、手足が上手く入らない。

ならば一度電源を落として・・・と思って件の貼り紙を見てみれば、「途中で終了したい場合は電源をお切り
ください。※一度電源を切りますと、再度硬貨を投入するまで電源は入りません。」などと、あしからずに
書いてあるではないか。

「ヴイ~ン ヴイ~ン」と空しく音を立てる機械の前でしばし呆然と佇み、その音を背中で聞きながら、
とても悲しい気持ちで風呂屋を後にした。

model : yuya tsuruta
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# by hideet-seesaw | 2011-08-14 23:31 | photograph
okuribi
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BGM♪ Will you dance? / Janis Ian


先日の黄昏どき。実家にふらりと寄ってみると、玄関先になにやら燃やした跡があった。
はてなんだろう・・・?と思いふと見れば、まわり近所でも玄関先に人が出て何かを燃やしており、
燻った煙の匂いが、あたりをぼんやりと漂っている。

ああ・・・「迎え火」か。と、なんだか久しぶりに見たその光景に、ツンと懐かしき思い出が蘇った。

保育園の年長くらいの頃だっただろうか。このお盆の時期には、ほおずきで彩られ、
胡瓜や茄子に棒を刺した精霊馬が仏壇を飾る。
それらをこしらえる、毎朝「般若心経」を欠かさず唱えていた信心深い祖母に、興味津々で訊ねたものだ。
何でナスやキュウリをウマにするのか?と。「死んだおじいちゃんや、そのまたおじいちゃんたちが、
このナスのおウマに乗って、天国から少しの間だけ帰ってくるんだよ」と、教えてくれたものだ。

幼心にそれがなにやら大層面白く、茄子の馬を手に持って、天からその馬に跨り降りてくる様を想像して、
記憶もおぼろな亡き祖父の声を模して「ただいま~。じいちゃんだよ~。生き返った!」などと、
仏壇の前で飽かず遊んだ記憶がある。今思えば、なんとブラックな遊びであろうか。

その数日後の夕方。送り火を焚いてお盆が終わったときに、祖母が私にこう言った。
「秀人。もうキュウリとナスのお馬たちは用事が済んだから、川に流しておいで」と。

ふうん・・・そういうものなのか・・・。と思いつつ、言われたとおりに一人で実家のすぐ脇を流れる川に
その馬たちを持って向って歩いていたのだが、キュウリの馬とナスの馬を見つめていると、
なんだか可哀相な気持ちになってしまったのだ。棒が刺さっていなければ、ただの胡瓜と茄子なのだが、
四つ足となって馬になり、しばし私の玩具となり、そしてじいちゃんを乗せて天まで行ってきたという馬たちに、
妙な情が沸いてきてしまったのだ。夕暮れの色に染まる川の景色の哀愁感も手伝って、ひどく悲しい気持ち
になってしまった。そうなると、もういけない。川に流すなんて可哀相でできなくなり、
そのまま家に引き返してしまい、あろうことかその馬たちを、姉と寝ていた二段ベッドの下に隠してしまったのだ。

そして、忘れた。ドングリを貯蔵の為と地中に埋めて、そのまま忘れるリスの様に。

その数週間後、姉と私の寝起きしている部屋に異臭が漂い始め、妙に小蝿が五月蝿いと姉が訴え出したので、
父が原因を突き止めるべく部屋の捜索にかかったのだ。
その時点でも、私は忘れていた。「一体なにが発見されるんだろう?」と、ワクワクしていたくらいだ。

リスが埋めて忘れたドングリは、春になれば芽を出して自然を育む。
私が隠した胡瓜と茄子は、半ナマのミイラと化して父と姉をおののかせた。
そして、成仏できなかったであろう茄子と胡瓜の馬の変わり果てた哀れな姿を見て、私は泣いた。

model : mikuru uchino

→smile delivery
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# by hideet-seesaw | 2011-07-20 00:36 | photograph
charred requiem
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BGM♪ Emoldurada / Ann Sally


冬には、文字どおり私を心胆寒からしめた「日当たりサイテー」な我が家も、
この暑い時期ともなれば、窓を開けているだけで結構涼しい。エアコンを使わなくても済むので、
節電にも一役買っている。

しかしここ数日、窓を開け放すと同時になにやら異臭が漂ってくるので「はてな」と思いつつも、
さして気にも留めずにいたのだが、今日になりその異臭が只事ではないので、ちょっと調べてみた。
すると、窓の下の砂利に大量の粗相(大)があるではないか。臭いワケである。しかもハエがぶんぶん
縦横無尽に舞っている。炎天下にテンコ盛りのそんなもの、見るだに暑苦く息苦しい光景である。

犯人・・・というか、犯猫はすぐに見当がついた。アイツだ・・・。

私の家の近所をテリトリーとしているノラ猫である。牛の様な模様をした、かなりデカい猫だ。
デカくて牛模様なので、心の中で勝手に「ビーフ」と名付けてみた。
もともと動物は好きなので、見かけると頭のひと撫ででもしてやろうと、しゃがみこんで「ちっちっ」と呼んで
みるのだが、ビーフはまったく相手にしてくれない。そんな愛想のないヤツなので、もう最近はビーフを
見かけても相手してやんないことに決めていた。

そいつが・・・よりによって、ムサ苦しい男の独り暮らしのどんよりとした瘴気と湿気を吹き消してくれる、爽やかな
風の入り口に・・・。これ以上されたら困るので、なにか対策はないかと頭を捻り、思いついたのが
頂き物の「竹酢液」である。これは、竹の炭を作るときに出る煙から搾り出した万能液で、強力な殺菌効果や
植物の強壮効果、その他いろいろな効果がある優れものなのだ。しかし、その臭いはかなり強烈で、例えるなら・・・
冴えない中年男の靴下を酢漬けにして燻製にしたような臭いなのだ。
これを撒けば、人間よりも数十万倍鼻の効く猫ならテンテコ舞いのイチコロで、臭くって
寄り付かなくなるだろうと思ったのだ。さっそくその現場にドボドボっと振り撒いてみた。

そして、ドボドボっと撒いてみた直後に、大きな失敗に気づいた。そのニャンコウ○コよりも数倍キツい、
鼻がモゲるような強烈な臭いが漂ってきたからである。まぁ・・・もともとそれが狙いだったのだが、
自分にも、猫に及ばずながらも「鼻」があることをすっかり忘れていたのだ。
確かにニャンコウ○コの臭いは消えたし、さしものビーフもトイレが強烈に燻製臭ければ、
そんなとこで催したりしないだろう。猫除けとしての効果は人間様の知恵の勝利である。

だがその人間様は、とても浅ハカなバカであった。

とある町で、「殺風景な街並を華やかに!」をスローガンに、ガードレールや壁や歩道橋などの公共物を、
子供達が描いた微笑ましい絵で埋め尽くそうと考え、町の子供達に自由に街中をキャンバスにして描かせて
みたら、公園の公衆便所の壁にアラレちゃんが持ってるようなウ○コの絵を、思い切りのびのびと描かれて
しまったような心境だ。もっとわかりやすく言うと、何を血迷ったかウ○コの色と形をした「おまる」を買ってしまった
ような、とてもやるせない心境である。

なんだか尾篭なコトバを多用してしまい、申し訳ない・・・。

最近、軒下にツバメが巣を作って子育てしているお宅や建物が多い。巣の下にある玄関や車庫、通路などに
ヒナの糞を受けるダンボールを敷いたり、はたまた、頭上注意の看板と柵をこしらえてみたり・・・と、
愛らしいツバメと優しい住人の共存が微笑ましい光景によく出くわす。そんなときに、ふと思い出す俳句がある。

”朝顔に つるべとられて もらい水”    

(井戸で水を汲もうとしたら、つるべに朝顔のツルが撒きついて花を咲かせていたので、水が汲めない。
切ってしまうのも可哀相なので、隣の家に水をもらいに行った。)

加賀千代女が詠んだ優しい句なのだが、ツバメを庇いつつ、少々不便ながらも優しく見守る
そんな人たちの好意を見るにつけ、この俳句と同じようなことだなぁ・・・と思ってみたりする。

それに較べて私の家ときたら・・・。

”ノラ猫に ウ○コ垂れられ 墓穴掘る”

そんな感じだ。以前、「あんなの効くワケないじゃん!あははは」と、散々バカにしていた、犬猫の粗相防止の
ペットボトルに水を入れて並べるあのワザをやってみようかと本気で考えている、窓から悲しい「中年靴下の
燻製」の臭いが、哀愁とともに漂う涼しい夜である。

ビーフ・・・これ以上オレ様をコケにするなら、捕まえてバーベQにしちまうぞ。。。

photo : a dog that likes charcoal in shonan 2009
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# by hideet-seesaw | 2011-07-08 00:50 | photograph
unforgettable memories
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BGM♪ 鳥になる日 ~bird Eyes~ / Hajime Mizoguchi


前回書いた「テキトー自由奔放少年サトル」のことを読んでいて、ふと気づいたことがある。
妄想の疾走に任せて描いたサトルの家族は・・・実は私や私の家族のことだと。

私は、もう本当に申し訳ないくらい忘れっぽく、そしてイロイロなことをよく間違える。
日々忘れ事や間違い事をしないように十分気をつけているつもりなのだが、
「忘れっぽさ」や「テキトーさ」が引き金の、どうしょもない失態を日々繰り返してしまっているのだ。
一体全体誰に似たのか?ずばり父である。そんな父の母との出逢いは、彼の忘れっぽさ・・・というか、
その奔放でテキトーな性格がきっかけなのである。

時は、今を遡ること四十年ちかく前。まだ人々はチョンマゲをしていて、道路を恐竜が闊歩していたころだ。
私の母がまだうら若き頃に、会計や受付などの事務職として勤めていた八王子市にあるとある病院に、
一人のムサ苦しい男が、ひょっこり「ぢ」の治療の為にやってきた。ずばり若き頃の父である。

サンダル履きに汚いジーンズでムサ苦しい上に、イボ痔の治療・・・。そんな、なんの魅力のカケラもないその男に、
うら若き母は、最初は何の印象も持たなかったハズだ。それどころか、まったく眼中になかったであろう。
ただの「汚いジーンズに汚いサンダル姿の一患者」として、淡々と事務的に扱ったと思われる。

元来忘れっぽくてテキトーな性格の父は、その日治療を終えて帰るときに事件を起こした。
自分は小汚いサンダルで来たくせに、なにを思ったか、いや、なにも思っていなかったからだろうが、
あろうことか、間違えて違う外来患者のピカピカの高級な革靴を履いて帰ってしまったそうだ。

革靴の持ち主は、自分の靴が盗まれたと思って大騒ぎになったのだが、犯人はほどなく割れたという。
閉業時間になり、あらかた外来患者帰ってしまったあとの下駄箱に、小汚いサンダルがぽつねんと
残っていたからだ。しかも、それが故意によるものでないのもすぐに判明したという。ナゼなら、
父が経営する料理屋の名前と電話番号が、その汚いサンダルにマーカーでしっかり書いてあって、
バレバレだったからだ。

その後、事務職である母が父に連絡を取り、ウッカリ者の父から靴を返してもらい事なきを得たのだが・・・
その応対をした母に、父がこともあろうか一目ボレをしてしまったのだ。母によると、父はその数日後、
病院の外で勤務後の母の帰りを待ち伏せしていて声を掛けてきたと言うのだ。40年前ならイザ知らず、
今なら間違いなくストーカーとして通報&職務質問&連行の憂き目に遭っていたであろう。
平和な時代であったのだな・・・・と、しみじみ思う。

そして、その待ち伏せ男は大胆にも直球でデートに誘ったそうだ。しかも、そのデートを母はOKしたそうだ。
父も父なら、母も母である。

なにゆえ「汚いジーンズ姿の靴窃盗犯もどきストーカー男(イボ痔)」の待ち伏せデート誘いなどを承諾したか?
と母に訊けば、「う~ん。なんでだろうね・・・?変な人だなぁとは思ったけど。あはは。」と答える。
しかも、デートのドライブに際して、父はカーステレオで自分の歌を吹き込んだテープを延々と流していたそうだ。

なにゆえ、そんな鳥肌モノのデートに嫌悪感を覚えなかったのか?と母に問えば、
「デートとか当時よくわかんなかったから、そーいうもんだと思ってた。あははは。」と答える。
そんな身の毛もヨダツおぞましいデートを繰り返して、二人の気持ちは序々に近づいていったそうだ。

亥年の猪突猛進男の父と、天然ボケ炸裂女の母が織り成した珍妙極まりない馴初めの思い出話を聞いたとき、
息子の私は開いた口が塞がらなかったものだ。

まぁ・・・結果的に父がその忘れっぽいテキトーさゆえに母と出逢い、私が今存在するわけなので、よしとしよう。
・・・と言いたいところだが、生憎私もその「忘れっぽいDNA」をしっかりと受け継いでしまったので、
失態絶えない日常に、最近ゲンナリとしてしまっている。

余談だが、二人が交際中のある日。父が母をデートの最後に母の自宅に車で送った際、
父の姿を物陰から偶然垣間見た母の母親(私の祖母)は「こんな汚らしい馬の骨に、ウチの大事な娘なんて
やるもんか!」・・・と思ったそうだ。そして後日、父が挨拶にやって来るというので、そんな汚い馬の骨、
問答無用の門前払いにして、塩をブチ撒いて追い返してやる!と息巻いていたのだそうだ。

しかし当日。いざ現われた父は、あつらえの三つ揃えにポマードで髪をビシっとキメた洒落っぷりで、
以前見たときとはまったく違う雰囲気を醸し出していたそうだ。

祖母は呆気に取られて、思わず応接間に通してしまったそうだ。父は、そのときとても颯爽としており、
そして堂々と「娘さんを私にください」と言ったそうな。これには、「どうせ汚い馬の骨」と高を括っていた
祖母も祖父も面食らってしまい、しまいには、父がとても誠実そうな男に見えてしまったようだ。
なにより、同席していた母の実家の重鎮であり、非常に気難しいことで有名な曾祖母(享年108歳)をして、
「品行方正そうな、あっぱれな男ずら!気に入った!」と言わしめたそうな。
その鶴の一声で、二人の縁談は決まったようなものだったという。

まるで織田信長と斉藤道三の正徳寺会見の逸話のようなので、時代劇モノの好きな父が織田信長を
模した「嫁捕り大作戦」だったのでは・・・と訝しんでみたが、どう考えてもそんな器用なことを考えられる男
ではない。恐らく、至極単純に「俺ぁ嫁もらいにいくだぁから、目一杯カッコつけんべえ!」と
張り切っただけの事だろうと思われる。

話は大きくそれたが、病院でボーとしていて履物を履き間違えて帰ってしまう・・・・に似たような事件を、
私もしょっちゅう引き起こしてしまっているので、きっとそれは父からの遺伝であろう。同じAB型でもあるし。

私の姉がまだ嫁に行く以前の大学生やOLの頃、朝に洗面所から「イヤーーーッ!!」という悲鳴が聞えると、
それは大抵、父か私が姉の歯ブラシをウッカリ使ってしまっていたりするときであった。
忘れっぽくて間違えやすいこの性格を直すべく、もっと精進しなければ・・・。

忘れ事があまりに多いので、少しでも改善すべく「おぼえ書き用」の大きな壁掛けホワイトボードをAmazonで買ったのだが、
それを壁にかけるフックを、もうかれこれ2週間ほど買い忘れ続けている今日この頃である。

photo : saitama 2011
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# by hideet-seesaw | 2011-06-18 17:46 | photograph
paranoid person
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BGM♪ Take five / Dave Brubeck


先日、車に乗って裏道をトロトロと走っていたら、前方から小学三年生くらいと思しき少年が、
手に持ったジュース缶を道路脇の柵にカンカンと当てながら、ポケ~っとてくてく歩いて来た。

その少年の脇を何気なくやり過ごすと、2、30mほど離れた後方に、明らかにその少年の後をこっそりと、物陰に
身を隠しつつ、不器用につけてくる40歳前後の女性がいることに気づいた。手にランドセルと子供用の傘を持っていたのと、
人目を憚らず変な尾行をしているその姿から、その少年の母親であろうことは一目瞭然であったのだが、
少年を狙いすましたその目には、「ここで遭ったが百年目・・・」というような、気迫のこもった鋭い眼光が点っていた。

以下、想像力に任せた私の勝手な妄想だが、概ね事実もこんなところであろう。

息子サトル(小学3年生)。何かに気を奪われると周りが見えなくなり、ランドセルや傘、時には
散歩中の飼い犬「コロ」や、一緒に遊んでいた妹のユカ(小学一年生)をどこかに放ったらかして忘れてしまい、
そのまま帰宅する。母親アキコ(39歳)は、そんなサトルを毎回こっ酷く叱る。兄に置き去りにされて、
公園で泣きながら途方に暮れるユカを迎えに行ったことも、思いがけず放たれて自由を謳歌し、
路肩の生ゴミを漁りつつ逃げるコロを追いかけまわしたことも、一度や二度ではない。
そんなアキコの苦労にも拘らず、何度言い聞かせても、サトルの奔放癖は直らない。
業を煮やしたアキコは、夫のフミオ(43歳)に事の顛末を話すも、「子供なんてそんなもんだ。」と、
ビール呑みつつ片肘ついて横になり、観ているプロ野球ニュースから目も離さずに一笑に付された。
おまけに「ブッ」っと屁までこかれた。
思えばこのフミオも、電車に傘を忘れたり、飲み屋にカバンを忘れたり、コロの散歩中にふらりと立ち寄った
パチンコ屋で大当たりして、意気揚々と景品抱えて帰ってくるも、コロをパチンコ屋の軒先に縛り付けたまま
忘れてきたりなど日常茶飯事であった。挙句の果てには、先日なにかの書類を記入中に「配偶者生年月日」の欄があり、
それをしばらく眺めたあとに「・・・お前の誕生日、いつだっけ?」とポツリと訊いてきた。
蛙の子は蛙。この父親にしてこの子あり。と、妙に納得し、そして呆れた。誕生日も忘れてしまったようなフミオなど、
ビニール傘とイオンの1000円均一セールで買ったカバンでも持たせておけばそれでよいが、まだ小学生
である息子の将来を考えると、不安は募るばかりである。そんな或る日、「探偵物語」の再放送を見ていて
閃いた。下校途中のサトルを松田優作さながらに尾行して、モノを置き去る現場を押さえてやろう・・・と。
サトルは校門を出て近くの公園に寄ると、背負っていたランドセルと持っていた傘をベンチに置いて、ブランコに
座りぶらぶらやっていたのだが、何を思ったか、そこにノロノロと通りかかった廃品回収のトラックをフラフラと
追って、公園をあとにした。案の定、ランドセルと傘はベンチに置いたまま。それを抱えてさらにサトルのあとを
つけるアキコ・・・。

紫陽花の咲き乱れる小道に曲がって消えゆく少年と、その後をランドセルと傘を抱えて、不自然な尾行術でつけて消えてゆく
母親らしき女性の背中をバックミラー越しに眺めつつ、「ガンバレ!アキコ!」と、そんな妄想をしてみた。

photo: yokohama 2008
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# by hideet-seesaw | 2011-06-16 22:20 | photograph
boy's dreams wander the withered fields.
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BGM♪ This boy / The Beatles


遠足の前日。お菓子は先生に言われたとおり300円までにきっちり抑え(※バナナは別)、
弁当には大好物の唐揚げと卵焼き、海苔を挟んだご飯も母に頼み、水筒の中身はポカリの粉末を溶くための水だ。
ポカリの粉末はお菓子に入らないと勝手に判断する。そのまま舐めれば、ちょっとしたオヤツにもなるので便利なヤツなのだ。
リュックのポケットには、愛刀「肥後守」(※折りたたみナイフ。当時は駄菓子屋などで300円ほどで売っていた)をしのばせる。

遠足の場所は東京都下の日の出山。元旦に父とその山に初日の出を見に登った折に、山頂にある杉の木にナイフで
「ひでとさんじょう!1985ねん がんじつ」の文字を入れておいた。この遠足のときにクラスメイトたちに
「オレよう、この山初めてじゃないンだぜぇ~。証拠だってココに。ほらな。ふふふ。」
と自慢をやるための仕掛けだ。抜かりはない。

峰続きの御岳山への山道も覚えておいた。「こっちにゆくと御岳山っていう、山の上の町に出るンだぜぇ~」
とか、知ったかぶりをするためだ。カンペキだ。

山道脇の篠竹を使い、リュックにしのばせた愛刀肥後守で得意の「篠鉄砲」でもチョチョイと作り、
人気者になってやろう。オレ、サイコー。

これで、遠足当日は男子生徒たちから「おめー、こんな高い山のこといろいろ知っててすげーなー」
との感嘆の声を、そして女子生徒たちからは「ひでとクン、山のことよく知っててステキ!」と
黄色い歓声を浴びること間違いない。たちまちクラスの人気者だ。タマラン。

遠足の数日前からそんなバカな妄想を暴走させ、ひとり夜な夜な布団の中でほくそ笑んでいたのだが、
あまりにハリキリすぎて興奮したものだから、前夜はロクすっぽ眠れず、遠足当日は寝不足で体調最悪になる。
喜び勇んで元気に登るクラスメイトたちの遥か後ろの方で、ぜえはあ喘ぎながら、愛刀肥後守でどうにか作った
杖を頼りにヨロヨロと登る。やっとの思いで山頂に着くと、疲労が祟って、朝食べた味噌汁ぶっ掛け生卵ご飯と
アジの開きを嘔吐し、引率の先生たちを仰天させ、同級生たちを恐慌に渦に陥れた。
おまけに、文字を彫りつけておいた杉の木がどれなのかわからなくなり、元旦の仕掛けは哀れ徒労に終わる。

華やかに展開予定していた「山を知る少年。クラスの人気者になる!の巻き」は敢え無く消え去り、
代わりに「バテでゲロ吐いて真っ青な顔した少年。クラスの厄介者になる・・・の巻き」な一日が沈鬱と幕を閉じた。

あれだけ楽しみにしていた遠足も、自らの先走った妄想が招いた極度の興奮により、体力、精神共に消耗し、
いざ本番で惨憺たる結果となる。
勉強もできず、ファミコンも持っていない稚拙なコンプレックスを抱えた少年は、普段駆け廻って
いる山や野のフィールドなら一目置かれる存在になると確信し、バカなりに緻密に計画を立てて、
本番でコケる。今になって考えれば、奔放な野生児を自称しているクセに、なんと姑息な計画を立てたものか。
そんなカワイゲのないアホな計画は、見事に玉砕してくれて本当に良かった・・・と、つくづく思う。

しかし実はこの現象、今でも残っている。数ヶ月前から計画していることなど、あれやこれやと考えすぎる。
そしていざその日になると、もうすっかりくたびれ果ててしまって、楽しみが半減してしまったりするのだ。
まことにもって損な性質である。
高価な栄養ドリンクを飲みすぎて腹を壊したような、本末転倒でやるせない気持ちになる。

私の母親も似たような性質を持っており、家族で楽しみにしていた旅行の出立の朝などに、
いきなり「やっぱアタシはやめようかしら・・・なんだか気分が・・・」などと言い出したりする。
本人も楽しみにしていたのに、だ。そんな母のドタキャン発言は度々あり、楽しい気分を問答無用に
一刀両断にする鋭い切れ味を持っているので、家族の間では「母さんの”伝家の宝刀”」と呼んでいる。
そんな母を有無も言わさず連れてゆけば、結局ケロリとして「来て良かったワ」などと言う。
私と同じで、あれやこれやと旅行中のことを考えすぎて、行く前に疲れてしまうのだ。
ちなみに今は亡き母方の祖父も、切れ味鋭い伝家の宝刀「妖刀ドタキャン丸」を持っており、
懐に忍ばせたその刀で、やおら見事な居合い抜きで、スッパリと「当日ドタキャン切り捨て御免」
の得意技を、老人会旅行の観光バスに乗る寸前などで「不整脈の調子が悪くて・・・」などと、
茶飲み仲間の老人達に放ったものだった。楽しみにしていたのに、だ。

この祖父、若い頃はバイクをこよなく愛し、写真を撮ることを趣味とし、音楽が大好きだった。
私とまったく同じような趣味嗜好であった。もとい。私が祖父に似たのであろう。性格も含めて。

石橋を「10t」と書いてあるハンマーで、これでもかとガツンガツンと叩きまくった挙句、結局渡らないで引き返したり、
安全なその石橋から自ら足を滑らせ落下するようなその性格は、私の血筋なのかもしれない。

私にいつか子供が出来たら、その子も幼稚園の遠足バスに乗る寸前に「今日はなんだか行きたくない」
などと言い、挙句にゲロを吐いてしまうような子になるのではないか・・・と、未だ独身のクセにいらぬ心配を募らせて、
これからも私の血筋に連綿と受け継がれてゆくであろう伝家の宝刀を、図らずも砥石にかけて磨いてしまっている今日この頃である。


photo yokohama March, 2008
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# by hideet-seesaw | 2011-05-24 16:51 | photograph
clunky rider
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BGM♪ Dani California / Red hot chili peppers


バイクが好きだ。

もともと乗り物が大好きなのだが、中でもバイクが一番好きだ。
高校生の頃に初めて自分のバイクを持ったときなど、まるで自分に羽根が生えてどこまでも
自由に飛んでゆけるような気持ちになったものだ。実際は脳ミソに羽根が生えて何処かへふっ飛んで行ってしまい、
勉強などそっちのけで、夏休みに仲間達とフェリーを使い、バイクで沖縄まで行ってしまったりした。

ちなみにスピード違反で免許停止になったときには、飛べないニワトリになって、ウス汚くて狭い鶏小屋の中を
コケコケとウロついているような、惨めな気持ちになったものだ。
実際、ド田舎に住んでいたためにバイクの他に移動手段がなく、仲間とツルむこともできずに
部屋にこもってず~っとフォーレの"夢のあとに"かなにかを聴きながら、太宰治かなにかを読んでいた。
生まれてすみません。な、暗澹たる気持ちになったものだ。

そのくらい私にとってバイクとは、かけがえのない相棒なのである。

先日、バイクのオイルを買いに武蔵村山市にある大きなバイクパーツ屋に赴いたときのこと。

休日のバイクパーツ屋というのは、バイク乗りが各々自慢のバイクを乗りつけてたくさんやって来るので、
その思い思いのバイクたちを眺めているだけでも滅法楽しいので、駐輪場でついついのんびりとすごしてしまう。

最近そこに行くと思う。
バイク野郎たちの平均年齢が、ひと昔前に較べて明らかに高いのである。
私が十代のころなど、休日のそういった店なんて、当時の自分と同じくらいの世代の高校生か大学生くらいの若者が、
それこそ掃いて捨てるほど溢れていて、「コイツら、休みだってのにバイクばっかり乗り回して、
バカだなぁ~。きっと彼女なんかいねーんだろーなー。勉強もできなさそーだ。」
なんて、私は自分のことを棚にあげて思ったりしたものだが、最近はそんな10代のライダーは殆ど見かけず、
ほとんどが30代~60代のオジサマたちだ。

私がバイクに乗りたての高校生の頃は、バイクに乗るオジサマなんて、それこそたまにしか見かけず、
稀にマイク真木みたいな風貌をしたシブいオジサマが、颯爽と高級なBMWやドカティなんてバイクでやってきたりすると、
思わず目が釘付けになったものだ。そんなオジサマたちは、これまた高そうな革のジャケットと革のパンツを纏っていて、
羨望の眼差しで「かっこいいなぁ・・・」と思い、すごく真似したいと思ったものだ。しかし、BMWやドカティなんてバイクは
鼻血が出るほど高くて、高校生なんかには逆立ちしたって手が出ないので、せめてあの革のジャケットだけでも・・・
なんて思っても、それすらベラボーに高くて手が出なかった。
ショーウィンドーのトランペットを物欲しげに毎日見つめるニューヨーク東8番街の黒人少年よろしく、
バイクウェアー屋の革ジャケットを穴が開くほど見つめたりして悶々としていたものだった。

結局、思い余ってバイク雑誌の背表紙に載っていた通信販売の格安革ジャケットを、なけなしのバイト料を
叩いてドキドキしながら買ってみたが、待ちに待って届いたそれは本革ではなく、明らかに合成革で、
なんだかぶにゃぶにゃしていて変な光沢でてらてらしている、サイテーにかっこ悪いシロモノであった。
それを着たサイテーにかっこ悪い自分を、祖母の部屋の三面鏡に写してゲンナリと途方に暮れたものだった。

閑話休題。

そんな私の世代以上のバイク野郎が、最近のバイク乗りの大半を占めるようになっているように思える。
案の定、新聞に「若者のバイク離れ」の記事が載っていたのを見つけたのだ。バイクに乗る若者がここ数年激減しているそうだ。
維持費等の経済的理由やガソリンの高騰、駐輪場不足や、電車などに比べて到着時間が渋滞等で読めない、
インターネットやゲーム機の普及で、出かけなくても楽しい娯楽が増えた・・・など等の理由があるそうだ。

でも・・・バイク、楽しいんですよ。車体と一体になり、風を切って流れる景色の中を進む快感は、他にはちょっと思いつきません。
燃費なんて車の半分以下(エコ)だし、税金も軽自動車の貨物と同じ4000円だ。(250cc以上)
もっと若者に乗って欲しいなぁ・・・。

そのパーツショップを出ようと愛車に跨ったら、珍しくいた高校生くらいの二人の男の子が話しかけてきた。
「いい音っすね!このバイク!いいなぁ~。かっこいいなぁ・・・」バイク好きな若者に話しかけられて
なんだか嬉しくなって「ありがとう!」と言い、アクセルを「ぐおおん!」とひと吹かしサービスして、颯爽とその
駐輪場をあとに・・・しようと発進したら、ギアがニュートラルに入ってしまい、「ぐろろろろろおおおおん!!!」と、
場違いなエンジン音を響かせてしまい、折りしもカーブしようと車体を傾けた状態だったので、焦ってコケそうになったが、
辛うじて足を「ばん!」と着いて持ちこたえた。ヨロヨロと慌てふためきながらバックミラーで少年達を見ると、
私のあまりのカッコ悪さに、ふたりとも狐につままれたハニワみたいな顔をしていた。

恥ずかしさに耐えつつ店から数キロ進んだところで、ウインカーも出しっぱなしなことに気づいた。
「左折するよっ!」って合図を出しながら、数キロメートル直進してきてしまった。
オッサンにはなったが、10代の頃に憧れたシブいバイクオヤジにはまだまだ程遠い。

ちなみに今回BGMにしたRed hot chili peppersのPV、いろんなパロディーが出てきて大好きです(笑)
Red Hot Chili Peppers - Dani California (Video)

model tsuru and my bike

→smile delivery
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# by hideet-seesaw | 2011-05-22 16:59 | photograph
lovable police
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BGM♪ Energy flow / Ryuichi Sakamoto


→smile delivery

先日、iPhoneを拾った。
私も去年からiPhoneを使っており、その便利さと楽しさの底なき沼にどっぷりと浸かってしまっている身としては、
持ち主はさぞや「ない!ナイーーー!!俺のiPhone!!ああ”あ”あ”ーーーッ!!俺のiPhone・・・どこだよう・・・。」
と右往左往し、一心不乱に捜していることだろう・・・・と、哀れな姿を勝手に思い同情し、さっそく届けることにした。

手近にあった交番にゆくと、お巡りさんの代わりに60歳代と思しきオバサマが二人、
一見警察官のような制服を着て、拾得物の受付をしていた。

警察官OBから構成される、非常勤の交通相談員だそうだ。ナルホド・・・。見てくれは私の母と変わらないくらいの
オバサマだが、武道で鍛え上げた声には溌剌と張りがあり、動作は颯爽としていて隙がない。
携帯電話を拾ったと申し出ると、「ハイッ!ご苦労様です!」と、よく通る声で返答し、
キリリと引き締まった笑顔で敬礼をしてくれた。

うむむ・・・かっこいいオバサマたちだと思った。のだが・・・拾ったiPhoneを渡すと、さぞや
百戦錬磨の婦人警官であっただろうと思わせる、威厳と貫禄をもったその二人の表情に、一瞬動揺が見てとれた。

私はその彼女たちの動揺を見逃さなかったのだが、じきにそのワケがわかった。

「・・・このiPhoneというのは、パソコン・・・ですか?電子・・・手帳?」

一人のオバサマがiPhoneを手にして、まじまじと見つめながらそう訊いてきた。
携帯電話ですよと答えると、交番のパソコンに拾得物情報を打ち込み始めたもう一人のオバサマとなにやら
ボソボソと相談し始めた。

「このカタチ・・・これはパソコンのたぐいになるんじゃないかしら?」
「そうねぇ・・・でもコレで電話できるんじゃ、やっぱり携帯電話じゃないかしら・・・?」
「メーカーは・・・リンゴのマークがあるからAppleね!」
「あら?アナタよくわかるわね。」「息子のパソコンがこれなのよぉ~」

などと聞えてくる。「あのう・・・本体自体はApple社のものですけど、携帯電話としてはSoftbankのものですよ。」
などと私が余計に言ってしまったら、ふたりともキョトンとした顔をして、またボソボソと話し始めた。

「じゃあメーカー名打ち込むところに、なんて入れたらいいのかしら・・・?」
「本体はAppleでしょ?じゃあAppleでいいんじゃない?」「でも携帯会社はSoftbankらしいわよ?」
「じゃあとりあえずApple・・・と・・・あらヤダ!エラーになるわよ?」
「そこは全角で入れるんじゃなかったかしら?」「全角ってドレよ?」

結構困惑し始めた様子だった。パソコン操作にも全然慣れた感じではなかった。
ふたりは助けを呼ぼうと、交番内にいた若い巡査に目配せするも、
その巡査は受話器片手に書類を操り、なにやら忙しそうで助けてくれなかったのだ。

その後、散々ふたりしてあーでもないこーでもないとボソボソ話しながら、恐ろしく遅いキーボード操作で
拾得物情報を30分ほどかけて入れていった。私が途中、ふたりがiPhoneの電源の入れ方がわからないというので
助け舟してあげたり、拾得物の色情報の入力に「赤」と入れていたので「これ、赤ケースに入ってますが本体は白ですよ」
とか言って訂正したりしているうちに、この感覚・・・何かに似ている・・・。と思った。

ずばり、超アナログな母に携帯電話などの使い方を教えているときの気持ちだった。

遅々として進まぬ拾得物の受付作業にナゼか腹が立たず、さらに、iPhoneに困惑する
ふたりのオバサマになにかと助言のお節介をしてしまったのは、機械に疎いオバサマたちに
なにやら母親に似た親近感を覚え、あまつさえ「なんだかカワイイ・・・」と思ってしまったが故である。

OBとはいえ、警察官に親近感を覚え、ましてやカワイイなどと思ったことは初めてだった。
貴重な体験である。そして「拾得物を扱う者として、大変良い勉強になりました!」と
お礼を言われてしまった。警察官にお礼を言われる・・・これまた大変貴重な経験だ。

ようやく処理が終わり、最後に「拾得者の権利として、6ヶ月後に拾得物の所有権を主張すること
ができます。また、落とし主が現われた場合、その方にあなたの連絡先を教えてお礼を・・・・云々」
などと教えてもらったが、「落とし主が見つかれば、それでイイです」と、サワヤカに(自分ではそのつもり)笑顔を
残して交番を後にした。実は「何かもらえたりするのかな・・・」と一瞬ヨコシマな気持ちが頭をよぎったが、
可愛い一生懸命なアナログオバサマふたりにカッコイイとこを見せたくて、そんな風にキメてみた。

私のiPhoneには、紛失防止のためにベルトと繋ぐ、懐かしき受話器のコードの様な
ストラップが付いている。よく周りからそれを「ダサい」と言われる、今日この頃である。

model yumi
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# by hideet-seesaw | 2011-05-13 22:33 | photograph