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BGM♪ New Kid In Town / Eagles


世には「珍味」に分類される食べ物が数多くある。
そんな珍味のひとつに「ハチノコ」がある。読んで字の如く蜂の幼虫のことなのだが、
私の父という人は、これに滅法目がない。

この時期になると思い出す。
夜風涼しい夏の宵。開け放した窓から外で飼っている犬を晩酌相手にと座敷に入れて脇にはべらせ、
焼酎の水割りを舐めつつご機嫌にハチノコをつまむ父の姿。私が物心ついた頃から見慣れた光景である。

見た目は蚕を小さくしたような・・・というか、はっきり言って「ザ・芋虫」である。多くの女性がそうであるように、
母は虫の類が大の苦手なので、そんな「グロテスクな虫」を食らう父を白い目で見ていたものだ。
姉に至っては「サイテー・・・」と呟いて、父を遠巻きにする。年頃の娘はこうして父親を毛嫌いしてゆくのだろう。
そして特に虫の嫌いでもない私も、冷蔵庫で「メンマ」の小瓶を発見し、意気揚々とおかずにするべく食卓で
蓋を開けたら、中に炒めたハチノコがぎっしり入っていたときには、さすがに食欲がしばし低迷したものである。
冷蔵庫にそんな珍妙不潔極まりないものを保管しておく典型的変わり者AB型の父に、綺麗好きで少々
神経質なA型の母は、さぞかし辟易していたことであろう。

そんな人騒がせな父の「ハチノコ好き」は、その勢い留まる所を知らずエスカレートしていった。
人家の軒下などに数多くあり比較的採り易く、万が一刺されても痛いには痛いが命に係わる様なことには
ならない「アシナガバチ」の巣が、当初父の主な獲物であった。少年であった私も、狩猟本能とスリルを程よく
味わえるこの「アシナガバチの巣狩り」が好きで、他人の家の軒下だろうがお構いなく、見つけては竹竿で
叩き落として父に献上し喜ばれたものであった。しかし人は大抵、希少な物ほど欲しくなる生き物で
ある。手軽なアシナガバチでは飽き足らず、父は山の地中に巣を作る「ヂバチ」という蜂の子に手を出す
ようになったのだ。この蜂はミツバチのように小型で、刺されても大したことはないのだが、
まずは巣を見つけるだけでも大変な作業である。しかし、そこは生まれながらの野生児である父。
昼なお暗きジャングルの様な原生林の急斜面を、スーパーマリオが如く駆け巡り、トリュフを見つける
豚の様にいとも容易く巣穴を見つけ、私に駄菓子屋で買ってこさせた煙玉を放り込み、蜂が燻されて怯んだ
隙に、シャベルでがしがしとほじくる。蜂がブンブン飛び交う中、尋常ではない蜂の羽音におののきながら、
愛犬を抱きしめつつ漂う煙の合間から私が垣間見た、一心不乱に巣穴をほじくる父の魁偉な姿は、
さながら飢えたクマの様であった。

父のハチノコフィーバーは止まらない。

人は、手に入れるのが危険で希少なものほど欲しがる生き物である。我が家のクマは、ついに禁断の園に
足を踏み入れた。人によっては、その一発で三途の川に強制送還されてしまう「スズメバチ」の巣を狙いだしたのだ。
蜂にとってはもちろん、家族にとっても色んな意味で迷惑この上ないこの暴挙も、「ハチノコフェスティバル
絶賛開催中」の猪突猛進なこのクマにとっては、「より、旨い、ものを♪」な三拍子の陽気な祭囃子に過ぎず、
家族の心配などまったく意に介さず、あろうことか、いつものようにキノコや山菜を採りに連れてゆくノリで、
私を連れてその狩りに出た。おしなべて団塊世代の亥年には、狙った獲物はとことん追求して、夢中になる
あまりに周りの見えなくなってしまう、まさに突進するイノシシが如きこの手合いが非常に多いが、
父はその典型であろう。そして事件は起きた。

あれは父の「ハチノコカーニバル大行進中」だった、私が小学3年生のとき。
トラックに私を乗せた我が家のイノシシグマが、以前から目星をつけていたと思われる栗林に赴き、
そこにぶら下がる「キイロスズメバチ」の巣に向かい、高枝切バサミを片手に臆することなく悠然と歩み
寄る後姿を、私は「危ないから下がって見てろ」と言われたとおり、30メートルほど離れて見守っていた。
・・・のだが、蜂の抵抗はイノシシグマの予想を遥かに凌ぐものであり、数匹が父の頭めがけて襲い掛かった。
さすがに慌てた父は逃げたのだが、その頭上に小さな黄色い戦闘機が追従してまとわりついているのが
遠目にもはっきり見えた。恐ろしい光景であった。私はその場に凍りつき息を飲んだが、そのときに父が
余計なことを叫んだ。「秀人!逃げろ!!」と。様々な危険に際し、人は一目散に逃げるのが常套手段であるが、
ことスズメバチに限っては、急な逃亡は危険である。急な動きにより彼らを刺激すると、攻撃対象としてみなされ
襲い掛かってくる。そんなことは知る由もない私は、言われたとおりに猛ダッシュで走り出してしまった。
数歩走ったその刹那、頭に「ゴツン」と石を投げ当てられたような衝撃が走り、もんどり打って倒れた。刺されたのだ。

ものすごい痛みに耐えつつ、父に抱えられて近所の診療所に担ぎ込まれて、太い注射を打ってもらい
事なきを得たのだが、その恐怖は今でも忘れない。そして帰り道の車中。ぐったりとしながら父にひとつ
訊ねた。「父さん・・・あんなに蜂いたのに、なんで父さんは刺されなかったんだ?」と。すると父は言った。
「ん?俺の頭にも何匹かたかってたみたいだけんど、たぶん俺の固い天然パーマが邪魔をして、針が
届かなかったんだべ。あはははは。」なんたる強運。父は針金のような剛毛の上に天燃パーマという、
モジャモジャのヘルメットのような頭部なのである。そして呆れたことに、こんなことを言い放った。
「・・・秀人。スズメバチの巣を取りに行ったってのは、母さんに内緒な。バレたら母さんに、たぶん父さん
ものすごく怒られるからよう。頭はミツバチに刺されたって言えよ。さ、コーラでも買ってやんべえ。」

この人には敵わない。幼い私はそう思った。そして、冷たいコーラで妥協した。安上がりなものである。

気持ちよく晴れ渡った今朝。色気のない男やもめの洗濯物を鼻歌混じりで干しながらふと軒下を見上ると、
アシナガバチが小さな巣を作っていた。女王蜂一匹で、まだ数個しかない巣の小部屋の卵をせっせと
世話しているようだった。懐かしき少年時代の蜂狩りを思い出し、しばし飽かずにその様子を眺めて
いたのだが、あまりに物干し場と目と鼻の先なのが気になってしまった。今は女王蜂一匹で小さな巣も、
やがて働き蜂が増えて巣も大きくなると、スズメバチほど気性も毒性も荒くないアシナガバチといえども、
鼻歌混じりで汚い男パンツをチョロチョロと巣の側で干す目障りなムサ苦しい男を、きっと攻撃してくるだろう。
それでは不便なので、女王蜂が巣材を採りに飛び去った隙に、つまんで取ってしまった。

洗濯物を干し終えて、窓縁に座り何気なく空を見上げていると、女王蜂が巣のあった場所に帰ってきた。
あるはずの自分の巣と卵がなくなり、うろたえるようにその場所をゆきつ戻りつ飛び、止まってみてはうろうろ
としている様子を眺めていると、まるで、我が子を少し目を離した隙に見失い、嘆き悲しむ人間の母親のように
見えてきてしまった。蜂はしばらく巣のあった場所に留まりじっとしていたが、やがて諦めたのか羽根を伸ばすと、
少し躊躇うかの様に飛び立ち、やがて夏雲浮かぶ青空高く消えて行った。

一寸、可哀想なことをした。


model : Yuya Tsuruta
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by hideet-seesaw | 2012-07-04 23:05 | photograph