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boy's dreams wander the withered fields.
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BGM♪ This boy / The Beatles


遠足の前日。お菓子は先生に言われたとおり300円までにきっちり抑え(※バナナは別)、
弁当には大好物の唐揚げと卵焼き、海苔を挟んだご飯も母に頼み、水筒の中身はポカリの粉末を溶くための水だ。
ポカリの粉末はお菓子に入らないと勝手に判断する。そのまま舐めれば、ちょっとしたオヤツにもなるので便利なヤツなのだ。
リュックのポケットには、愛刀「肥後守」(※折りたたみナイフ。当時は駄菓子屋などで300円ほどで売っていた)をしのばせる。

遠足の場所は東京都下の日の出山。元旦に父とその山に初日の出を見に登った折に、山頂にある杉の木にナイフで
「ひでとさんじょう!1985ねん がんじつ」の文字を入れておいた。この遠足のときにクラスメイトたちに
「オレよう、この山初めてじゃないンだぜぇ~。証拠だってココに。ほらな。ふふふ。」
と自慢をやるための仕掛けだ。抜かりはない。

峰続きの御岳山への山道も覚えておいた。「こっちにゆくと御岳山っていう、山の上の町に出るンだぜぇ~」
とか、知ったかぶりをするためだ。カンペキだ。

山道脇の篠竹を使い、リュックにしのばせた愛刀肥後守で得意の「篠鉄砲」でもチョチョイと作り、
人気者になってやろう。オレ、サイコー。

これで、遠足当日は男子生徒たちから「おめー、こんな高い山のこといろいろ知っててすげーなー」
との感嘆の声を、そして女子生徒たちからは「ひでとクン、山のことよく知っててステキ!」と
黄色い歓声を浴びること間違いない。たちまちクラスの人気者だ。タマラン。

遠足の数日前からそんなバカな妄想を暴走させ、ひとり夜な夜な布団の中でほくそ笑んでいたのだが、
あまりにハリキリすぎて興奮したものだから、前夜はロクすっぽ眠れず、遠足当日は寝不足で体調最悪になる。
喜び勇んで元気に登るクラスメイトたちの遥か後ろの方で、ぜえはあ喘ぎながら、愛刀肥後守でどうにか作った
杖を頼りにヨロヨロと登る。やっとの思いで山頂に着くと、疲労が祟って、朝食べた味噌汁ぶっ掛け生卵ご飯と
アジの開きを嘔吐し、引率の先生たちを仰天させ、同級生たちを恐慌に渦に陥れた。
おまけに、文字を彫りつけておいた杉の木がどれなのかわからなくなり、元旦の仕掛けは哀れ徒労に終わる。

華やかに展開予定していた「山を知る少年。クラスの人気者になる!の巻き」は敢え無く消え去り、
代わりに「バテでゲロ吐いて真っ青な顔した少年。クラスの厄介者になる・・・の巻き」な一日が沈鬱と幕を閉じた。

あれだけ楽しみにしていた遠足も、自らの先走った妄想が招いた極度の興奮により、体力、精神共に消耗し、
いざ本番で惨憺たる結果となる。
勉強もできず、ファミコンも持っていない稚拙なコンプレックスを抱えた少年は、普段駆け廻って
いる山や野のフィールドなら一目置かれる存在になると確信し、バカなりに緻密に計画を立てて、
本番でコケる。今になって考えれば、奔放な野生児を自称しているクセに、なんと姑息な計画を立てたものか。
そんなカワイゲのないアホな計画は、見事に玉砕してくれて本当に良かった・・・と、つくづく思う。

しかし実はこの現象、今でも残っている。数ヶ月前から計画していることなど、あれやこれやと考えすぎる。
そしていざその日になると、もうすっかりくたびれ果ててしまって、楽しみが半減してしまったりするのだ。
まことにもって損な性質である。
高価な栄養ドリンクを飲みすぎて腹を壊したような、本末転倒でやるせない気持ちになる。

私の母親も似たような性質を持っており、家族で楽しみにしていた旅行の出立の朝などに、
いきなり「やっぱアタシはやめようかしら・・・なんだか気分が・・・」などと言い出したりする。
本人も楽しみにしていたのに、だ。そんな母のドタキャン発言は度々あり、楽しい気分を問答無用に
一刀両断にする鋭い切れ味を持っているので、家族の間では「母さんの”伝家の宝刀”」と呼んでいる。
そんな母を有無も言わさず連れてゆけば、結局ケロリとして「来て良かったワ」などと言う。
私と同じで、あれやこれやと旅行中のことを考えすぎて、行く前に疲れてしまうのだ。
ちなみに今は亡き母方の祖父も、切れ味鋭い伝家の宝刀「妖刀ドタキャン丸」を持っており、
懐に忍ばせたその刀で、やおら見事な居合い抜きで、スッパリと「当日ドタキャン切り捨て御免」
の得意技を、老人会旅行の観光バスに乗る寸前などで「不整脈の調子が悪くて・・・」などと、
茶飲み仲間の老人達に放ったものだった。楽しみにしていたのに、だ。

この祖父、若い頃はバイクをこよなく愛し、写真を撮ることを趣味とし、音楽が大好きだった。
私とまったく同じような趣味嗜好であった。もとい。私が祖父に似たのであろう。性格も含めて。

石橋を「10t」と書いてあるハンマーで、これでもかとガツンガツンと叩きまくった挙句、結局渡らないで引き返したり、
安全なその石橋から自ら足を滑らせ落下するようなその性格は、私の血筋なのかもしれない。

私にいつか子供が出来たら、その子も幼稚園の遠足バスに乗る寸前に「今日はなんだか行きたくない」
などと言い、挙句にゲロを吐いてしまうような子になるのではないか・・・と、未だ独身のクセにいらぬ心配を募らせて、
これからも私の血筋に連綿と受け継がれてゆくであろう伝家の宝刀を、図らずも砥石にかけて磨いてしまっている今日この頃である。


photo yokohama March, 2008
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by hideet-seesaw | 2011-05-24 16:51 | photograph
clunky rider
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BGM♪ Dani California / Red hot chili peppers


バイクが好きだ。

もともと乗り物が大好きなのだが、中でもバイクが一番好きだ。
高校生の頃に初めて自分のバイクを持ったときなど、まるで自分に羽根が生えてどこまでも
自由に飛んでゆけるような気持ちになったものだ。実際は脳ミソに羽根が生えて何処かへふっ飛んで行ってしまい、
勉強などそっちのけで、夏休みに仲間達とフェリーを使い、バイクで沖縄まで行ってしまったりした。

ちなみにスピード違反で免許停止になったときには、飛べないニワトリになって、ウス汚くて狭い鶏小屋の中を
コケコケとウロついているような、惨めな気持ちになったものだ。
実際、ド田舎に住んでいたためにバイクの他に移動手段がなく、仲間とツルむこともできずに
部屋にこもってず~っとフォーレの"夢のあとに"かなにかを聴きながら、太宰治かなにかを読んでいた。
生まれてすみません。な、暗澹たる気持ちになったものだ。

そのくらい私にとってバイクとは、かけがえのない相棒なのである。

先日、バイクのオイルを買いに武蔵村山市にある大きなバイクパーツ屋に赴いたときのこと。

休日のバイクパーツ屋というのは、バイク乗りが各々自慢のバイクを乗りつけてたくさんやって来るので、
その思い思いのバイクたちを眺めているだけでも滅法楽しいので、駐輪場でついついのんびりとすごしてしまう。

最近そこに行くと思う。
バイク野郎たちの平均年齢が、ひと昔前に較べて明らかに高いのである。
私が十代のころなど、休日のそういった店なんて、当時の自分と同じくらいの世代の高校生か大学生くらいの若者が、
それこそ掃いて捨てるほど溢れていて、「コイツら、休みだってのにバイクばっかり乗り回して、
バカだなぁ~。きっと彼女なんかいねーんだろーなー。勉強もできなさそーだ。」
なんて、私は自分のことを棚にあげて思ったりしたものだが、最近はそんな10代のライダーは殆ど見かけず、
ほとんどが30代~60代のオジサマたちだ。

私がバイクに乗りたての高校生の頃は、バイクに乗るオジサマなんて、それこそたまにしか見かけず、
稀にマイク真木みたいな風貌をしたシブいオジサマが、颯爽と高級なBMWやドカティなんてバイクでやってきたりすると、
思わず目が釘付けになったものだ。そんなオジサマたちは、これまた高そうな革のジャケットと革のパンツを纏っていて、
羨望の眼差しで「かっこいいなぁ・・・」と思い、すごく真似したいと思ったものだ。しかし、BMWやドカティなんてバイクは
鼻血が出るほど高くて、高校生なんかには逆立ちしたって手が出ないので、せめてあの革のジャケットだけでも・・・
なんて思っても、それすらベラボーに高くて手が出なかった。
ショーウィンドーのトランペットを物欲しげに毎日見つめるニューヨーク東8番街の黒人少年よろしく、
バイクウェアー屋の革ジャケットを穴が開くほど見つめたりして悶々としていたものだった。

結局、思い余ってバイク雑誌の背表紙に載っていた通信販売の格安革ジャケットを、なけなしのバイト料を
叩いてドキドキしながら買ってみたが、待ちに待って届いたそれは本革ではなく、明らかに合成革で、
なんだかぶにゃぶにゃしていて変な光沢でてらてらしている、サイテーにかっこ悪いシロモノであった。
それを着たサイテーにかっこ悪い自分を、祖母の部屋の三面鏡に写してゲンナリと途方に暮れたものだった。

閑話休題。

そんな私の世代以上のバイク野郎が、最近のバイク乗りの大半を占めるようになっているように思える。
案の定、新聞に「若者のバイク離れ」の記事が載っていたのを見つけたのだ。バイクに乗る若者がここ数年激減しているそうだ。
維持費等の経済的理由やガソリンの高騰、駐輪場不足や、電車などに比べて到着時間が渋滞等で読めない、
インターネットやゲーム機の普及で、出かけなくても楽しい娯楽が増えた・・・など等の理由があるそうだ。

でも・・・バイク、楽しいんですよ。車体と一体になり、風を切って流れる景色の中を進む快感は、他にはちょっと思いつきません。
燃費なんて車の半分以下(エコ)だし、税金も軽自動車の貨物と同じ4000円だ。(250cc以上)
もっと若者に乗って欲しいなぁ・・・。

そのパーツショップを出ようと愛車に跨ったら、珍しくいた高校生くらいの二人の男の子が話しかけてきた。
「いい音っすね!このバイク!いいなぁ~。かっこいいなぁ・・・」バイク好きな若者に話しかけられて
なんだか嬉しくなって「ありがとう!」と言い、アクセルを「ぐおおん!」とひと吹かしサービスして、颯爽とその
駐輪場をあとに・・・しようと発進したら、ギアがニュートラルに入ってしまい、「ぐろろろろろおおおおん!!!」と、
場違いなエンジン音を響かせてしまい、折りしもカーブしようと車体を傾けた状態だったので、焦ってコケそうになったが、
辛うじて足を「ばん!」と着いて持ちこたえた。ヨロヨロと慌てふためきながらバックミラーで少年達を見ると、
私のあまりのカッコ悪さに、ふたりとも狐につままれたハニワみたいな顔をしていた。

恥ずかしさに耐えつつ店から数キロ進んだところで、ウインカーも出しっぱなしなことに気づいた。
「左折するよっ!」って合図を出しながら、数キロメートル直進してきてしまった。
オッサンにはなったが、10代の頃に憧れたシブいバイクオヤジにはまだまだ程遠い。

ちなみに今回BGMにしたRed hot chili peppersのPV、いろんなパロディーが出てきて大好きです(笑)
Red Hot Chili Peppers - Dani California (Video)

model tsuru and my bike

→smile delivery
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by hideet-seesaw | 2011-05-22 16:59 | photograph
lovable police
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BGM♪ Energy flow / Ryuichi Sakamoto


→smile delivery

先日、iPhoneを拾った。
私も去年からiPhoneを使っており、その便利さと楽しさの底なき沼にどっぷりと浸かってしまっている身としては、
持ち主はさぞや「ない!ナイーーー!!俺のiPhone!!ああ”あ”あ”ーーーッ!!俺のiPhone・・・どこだよう・・・。」
と右往左往し、一心不乱に捜していることだろう・・・・と、哀れな姿を勝手に思い同情し、さっそく届けることにした。

手近にあった交番にゆくと、お巡りさんの代わりに60歳代と思しきオバサマが二人、
一見警察官のような制服を着て、拾得物の受付をしていた。

警察官OBから構成される、非常勤の交通相談員だそうだ。ナルホド・・・。見てくれは私の母と変わらないくらいの
オバサマだが、武道で鍛え上げた声には溌剌と張りがあり、動作は颯爽としていて隙がない。
携帯電話を拾ったと申し出ると、「ハイッ!ご苦労様です!」と、よく通る声で返答し、
キリリと引き締まった笑顔で敬礼をしてくれた。

うむむ・・・かっこいいオバサマたちだと思った。のだが・・・拾ったiPhoneを渡すと、さぞや
百戦錬磨の婦人警官であっただろうと思わせる、威厳と貫禄をもったその二人の表情に、一瞬動揺が見てとれた。

私はその彼女たちの動揺を見逃さなかったのだが、じきにそのワケがわかった。

「・・・このiPhoneというのは、パソコン・・・ですか?電子・・・手帳?」

一人のオバサマがiPhoneを手にして、まじまじと見つめながらそう訊いてきた。
携帯電話ですよと答えると、交番のパソコンに拾得物情報を打ち込み始めたもう一人のオバサマとなにやら
ボソボソと相談し始めた。

「このカタチ・・・これはパソコンのたぐいになるんじゃないかしら?」
「そうねぇ・・・でもコレで電話できるんじゃ、やっぱり携帯電話じゃないかしら・・・?」
「メーカーは・・・リンゴのマークがあるからAppleね!」
「あら?アナタよくわかるわね。」「息子のパソコンがこれなのよぉ~」

などと聞えてくる。「あのう・・・本体自体はApple社のものですけど、携帯電話としてはSoftbankのものですよ。」
などと私が余計に言ってしまったら、ふたりともキョトンとした顔をして、またボソボソと話し始めた。

「じゃあメーカー名打ち込むところに、なんて入れたらいいのかしら・・・?」
「本体はAppleでしょ?じゃあAppleでいいんじゃない?」「でも携帯会社はSoftbankらしいわよ?」
「じゃあとりあえずApple・・・と・・・あらヤダ!エラーになるわよ?」
「そこは全角で入れるんじゃなかったかしら?」「全角ってドレよ?」

結構困惑し始めた様子だった。パソコン操作にも全然慣れた感じではなかった。
ふたりは助けを呼ぼうと、交番内にいた若い巡査に目配せするも、
その巡査は受話器片手に書類を操り、なにやら忙しそうで助けてくれなかったのだ。

その後、散々ふたりしてあーでもないこーでもないとボソボソ話しながら、恐ろしく遅いキーボード操作で
拾得物情報を30分ほどかけて入れていった。私が途中、ふたりがiPhoneの電源の入れ方がわからないというので
助け舟してあげたり、拾得物の色情報の入力に「赤」と入れていたので「これ、赤ケースに入ってますが本体は白ですよ」
とか言って訂正したりしているうちに、この感覚・・・何かに似ている・・・。と思った。

ずばり、超アナログな母に携帯電話などの使い方を教えているときの気持ちだった。

遅々として進まぬ拾得物の受付作業にナゼか腹が立たず、さらに、iPhoneに困惑する
ふたりのオバサマになにかと助言のお節介をしてしまったのは、機械に疎いオバサマたちに
なにやら母親に似た親近感を覚え、あまつさえ「なんだかカワイイ・・・」と思ってしまったが故である。

OBとはいえ、警察官に親近感を覚え、ましてやカワイイなどと思ったことは初めてだった。
貴重な体験である。そして「拾得物を扱う者として、大変良い勉強になりました!」と
お礼を言われてしまった。警察官にお礼を言われる・・・これまた大変貴重な経験だ。

ようやく処理が終わり、最後に「拾得者の権利として、6ヶ月後に拾得物の所有権を主張すること
ができます。また、落とし主が現われた場合、その方にあなたの連絡先を教えてお礼を・・・・云々」
などと教えてもらったが、「落とし主が見つかれば、それでイイです」と、サワヤカに(自分ではそのつもり)笑顔を
残して交番を後にした。実は「何かもらえたりするのかな・・・」と一瞬ヨコシマな気持ちが頭をよぎったが、
可愛い一生懸命なアナログオバサマふたりにカッコイイとこを見せたくて、そんな風にキメてみた。

私のiPhoneには、紛失防止のためにベルトと繋ぐ、懐かしき受話器のコードの様な
ストラップが付いている。よく周りからそれを「ダサい」と言われる、今日この頃である。

model yumi
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by hideet-seesaw | 2011-05-13 22:33 | photograph
chocolate
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BGM♪ Across the Universe / Rufus Wainwright 


隣のお宅の女の子が、私がガレージ兼簡易スタジオとして借りている倉庫の窓を、犬とボール遊びをして
いて割ってしまった。

幸い破片が飛び散らかっただけで大したことはなく、その子にも怪我はなかった。

その子のお母さんが「この子に掃除させますから!」と言ってくれたのだが、ガラスの破片は子供には危ないし、
なにより私のガレージには、私がバイクをイジったりしたときに放置したネジやゴミやなにかの部品や虫の屍骸やら・・・
が散乱しており、割れた破片と混ざってしまっていた。そうなると、ガラスの破片掃除というより、
それらの大掃除になってしまうので申し訳ないし、愛犬のヨークシャーテリアを胸に抱き、
ションボリとうなだれて反省してるその子がなんだか可哀相だったので、丁重にお断りして私が自分で掃除するから
大丈夫だと言ったのだが、そんなやりとりを横でなにげなく見ていたいつもお世話になっている大家さんが

「悪いことをしたらちゃんと自分で始末をやらせなきゃ。高水さん、子供の躾ってそういうもんだよ。」

と諭してくださった。確かにそうだ。
可哀相だが、お言葉に甘えてその子に後片づけをしてもらうことになった。
その女の子は、背丈に合わない慣れぬ箒と塵取を懸命に使い、30分程かけて見事綺麗にしてくれた。
そう・・・ガラスの破片が散らばる前の状態よりも遥かに綺麗に・・・。

かく言う私も子供の頃、数え切れないほどのガラスを割った。故意にも過失にも。
ジャイアンの打ったホームランが空き地脇の家の窓を割り、「こらぁー!悪ガキどもめ!」の怒号に
スネ夫とジャイアンは一目散に逃げ去り、逃げ遅れたのび太は箒を持って現れた怒りの
カミナリハゲオヤジの小言をくらう。そんな光景、私の幼き頃はよく見かけた。というか、私がその当事者であった。

なかでも忘れられない思い出が、小学一年の頃。飲食店を経営する実家の駐車場に停めてあった客の車のフロントガラスを、
自慢の手製パチンコで弾いた石が、大きく弾道を逸らせて粉々に割ってしまったのだ。あくまで過失だったが、
もちろん父にこっ酷く怒られ、持ち主の客に平謝りに謝り、その車の持ち主家族にはその日タクシーで帰ってもらったのだが、
その客の家というのが横浜で、後日ガラスを直した客の車を父が私を乗せて運転し、横浜のお宅まで届けたのだった。
当時の私には、あきる野~横浜間が涯もなく遠い場所に思えて、流れる車窓の風景を見ながら、父と客に対して、
申し訳ない気持ちを募らせたものだった。

その時、そのお宅の玄関先で父と並んで「ごめんなさい」と謝ると、奥様が私に「わざわざ謝りに来てくれてありがとうね」
と、チョコレートを持たせてくれたのだった。思えばガラスを割ったときも、割られたご家族は私のことをちっとも怒らないどころか、
怒る父からかばってくれたような記憶があった。優しいご家族だったのだな・・・と、今更ながらしみじみと思う。

そして横浜からの電車での帰途。父が、立川駅内の「立ち食いそば」を食べさせてくれた。
生まれて初めて食べた立ち食いの月見ソバは、今でも忘れられないくらい美味しかった。

そんな思い出が蘇り、一生懸命に我が散らかり放題のガレージを片付けてくれたその子になにかしてやりたくなり、
急いで近所のスーパーで菓子を幾つか買って来て、ガレージ前の私道で犬と遊ぶその子に「あのさ。ガラス割っちゃったのは
しょうがないけど、掃除してくれたおかげで前よりもものすごく綺麗になって助かっちゃった。だから、コレお礼だよ。」
と菓子をあげると、満面の笑みで「ありがとうございます!」と嬉しそうに受け取ってくれた。

人の親になったことのない私は、「悪いことをして後始末をしたお礼」のその菓子が、はたして正しいのか正しくないのか
よくわからなかったが、チョコレートをくれた横浜の優しい家族の真似をしてみたかっただけなのだ。

開け放した五月の窓から、子供達の遊ぶ声が聞えてくる。なんとも心地の良いものである。
自分の為にも買ってきた「たけのこの里」をばりぼり食べながら、耳を傾けている。

model meisa
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by hideet-seesaw | 2011-05-01 22:19 | photograph