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chacun a son gout
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BGM♪ Prelude Op.28-13 / Frédéric François Chopin


本が好きである。

小説、随筆、漫画、哲学、歴史・・・などなど、ジャンル問わず何でも読む。

私の亡き祖父という人が、国語の教師であり書家であり、中学校の校長先生も務めた
筋金入りの教育畑の人であったのだが、その祖父が私の物心つくころから、鼻を垂らしてヘラヘラ
しているこのアホな孫が、少しでも利口になればと膨大な数の絵本を贈ってくれたのが、その本好きの源であると思う。

ここ数年、郊外の土地を苗床に梅雨どきのキノコさながらにニョキニョキとその数を増やし続けている
「ブックオフ」。
あの黄色と青色の看板が視界に入るや、飛んで火に入る夏の虫が如く、ふらりふらりと無意識に立ち寄ってしまう。

好きな随筆家が本の中で薦めていた本が読みたくて、先日もふと立ち寄ったブックオフで、
その本を見つけようとしたのだが、何しろあの在庫数であるのと、あまり有名でもないマイナーな
本である上に、その本のジャンルもいまひとつ選別不明であったために、探せども探せども見つからない。

本屋が好きな方ならご経験がおありかと思うが、本屋にて必死に獲物を探せば探すほど、
何故か下腹部が催してくる。「必死で探す」という状態が生み出す一種の緊張状態が下腹部と密接に
関係しているらしいが、私の場合、本屋に目的を探して入るや否や間髪入れずに催すのだから、
全くもって露骨である。そして、あまりに単純である。

水戸黄門様をヒクヒクさせながら、妙な及び腰で懸命に30分ほど探すも見つからず、
しかたなく通りかかった店員のおねえさんに、「○○著の××はありますかね?」と訊いてみた。
こんなマイナーな本、まさかわかるまい・・・と、高を括っていたのだが、
おねえさんは一瞬キョトンとしたのち、漫画で例えるなら頭の上に裸電球が「ポンッ」と浮かんだ
ような表情を見せ、自信満々に「こちらにありますよ~」といざなってくれた。
「まさか・・・」と半ば訝しみながら付いてゆくと、おねえさんが迷いなく進んだ先には、
間違いなく私が探していたその本が、膨大な数の本に埋もれてポツンと一冊だけ・・・いた。

すごい・・・。ブックオフねえさん侮れず・・・。

おそらく陳列係であろうそのおねえさんは、目的の本をパソコンで検索して陳列棚を探したりする
のではなく、自分の並べたその本のありかを憶えていたのだ。

そのおねえさんのあまりに見事な仕事っぷりに、思わず「おねえさん・・・すごいですね!」
と言うと、おねえさん「いえいえ」とニッコリ笑って「見つかってよかったですね」と去っていった。

もしかしたら、暴れだしそうな水戸のご老公様を宥めすかしつつ、ヘコヘコと店内を本を探して
彷徨っていた私に気づいていたのかも知れない。おねえさんの「よかったですね」には、そんな
ニュアンスが含まれていたような気がする。
ただのヘンなジイ様かと思っていたのが、実は恐れ多くも先の副将軍だとわかったときの
村人その一みたいに「へへぇ~」と、侮っていたおねえさんに頭が下がる思いだった。

そして、その日も本屋を出ると私の下腹部は、印籠を格さんに出してもらって一件落着した
ご老公様みたいに、おとない好々爺に戻ったのだった。いったいなんなのだ。

冷たい春雨降りしきる屋根の下、ゆるりと晴耕雨読の午後である。

model yuuri
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by hideet-seesaw | 2011-04-19 16:20 | photograph
sylvan trumpeter
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BGM♪ What a wonderful world / Louis Armstrong


ジャズが好きである。

音楽はジャンルにとらわれず幅広く好きなのだが、一時ジャズしか聴かないほどハマった
ときがあった。

自己満足なモノマネが好きなので、"サッチモ"ことルイ・アームストロングのガラガラ声をマネて
”この素晴らしき世界”を熱唱してみたり、ダイアナ・クラールのライブビデオを観ながら、
ドラムスのマネしてエアドラムを叩いて、ビデオから聞える歓声を自分に向けられている錯覚
に陥って、一人悦に浸ったりして過ごしていた。

馬鹿である。

そんなジャズ熱が高じて、数年前のある日、なけなしの金を叩いてトランペットを買ってしまった。
買えば吹けると安直に思ったのだ。

魯鈍である。

金色のピカピカのトランペットを手に入れて眺めていると、それだけで「俺もついにペッター
(トランペッター)だ・・・ぐふふふ」などと、結構満足してしまう。それくらい、サックスにしろ
トロンボーンにしろ、完成された形の管楽器というものは心奪われるくらい美しいものだ。

が、私が吹くとなるとその音はまったく美しくなかった。それはそうだ。初心者が一朝一夕で
吹けるほど、中世ルネサンス時代から連綿と受け継がれているその楽器は甘くはない。
ならば練習あるのみ。と、仕事を終えた夜な夜な家で吹いてみたのだが、
かなり音が大きい上に、ドミソも出せないドヘタクソな音なんて、近所迷惑この上なくて途方に暮れて、
いたずらにトランペットを磨くだけの日々が続き、思い切り吹いて練習したいというフラストレーションが募るばかりであった。

そこで少ない脳ミソを捻って一計を講じ、夜中の山奥に行けば、誰もいないし吹き放題だ!との名案を思いついた。
幸い、私の住むあきる野市には山がたくさんある。というか、山しかない。

道なき山道を愛車チビジープの四輪駆動にモノを言わせてガンガン登り、夜な夜な山に赴く日々が
数日続いて、ちょっとだけ吹ける様になってきた。だが、当時勤めていた飲食業の仕事のあとの
「夜山練習」に体力が付いてゆかなくなり、季節も10月半ばと寒さが増してきたのも手伝って、
ある日パタリと止めてしまった。

いつの日か、大きなライブ会場で満場の観客の前で喝采を浴びる夢はいとも容易く諦め、
自分の継続力のなさに自己嫌悪になったものだ。

ライブ会場いっぱいの観客どころか、私の演奏を聴いたのは山のタヌキとモモンガくらいのもので、
その音色だって、しずかちゃんのバイオリン並みだった。いや、ジャイアンの「ボェ~」という歌声並みだった。

半年ほど経って、使わなくなったトランペットが「宝の持ち腐れ」状態なのがやるせなくて、
ネットオークションに出品してみると、ほどなく大阪に住むとある男性が落札してくれた。

普通、ネットオークションのやりとりなんて、とても事務的で淡々と必要事項以外は語らず終わるのだが、
その男性は「娘が今度中学生になり、吹奏楽部に入部したいというので、状態の良さそうな
こちらのトランペットを落札させていただきました。」などと
取引メールに書いてくださったので、発送の際に「娘さんの吹奏楽部でのご活躍を願っております云々・・・」
などと手書きの手紙を添えて出してみたら、数日後、その男性と娘さんから丁寧であたたかい
手書きの手紙が届いたのだ。

父「こんなふうにオークションで人間らしいやりとりができたのは初めてです。感謝しております。
トランペットを買ってやったおかげで、娘と最近会話が弾んでおります。」
娘「吹奏楽部で高水さんから譲ってもらったキレイなトランペットでがんばります!大切に使います!」

などと書かれていて、とても嬉しく思ってさらに返事を書くと、その年の夏にも暑中見舞、そして
正月には年賀状まで送ってくださったのだ。

トランペッターになる夢は結構早い段階で簡単に挫折してしまったが、タヌキとモモンガの耳に
雑音を響かせただけの私のトランペットが、遠く大阪に住むあたたかい親子のもとに渡り、
顔も知らないその親子との小さな交流を持てたことを思い出すだけで、心に気持ち良い春の風が吹く。

それはちょうど、桜の咲くこんな時期のことであった。


photo : iruma Oct. 2006
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by hideet-seesaw | 2011-04-08 16:34 | photograph