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four seasons from the backyard garden
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BGM♪  Traumerei / Schumann 


我が家のトイレには換気扇がない。

よってトイレの窓は臭覚的衛生上、常に開け放たれている。
幸い、窓に面した土地は一軒の古ぼけた空き家の裏庭なので、私の美しくない催し姿を晒すことによる
通行人側の視覚的衛生面を汚すこともない。

最近テレビで知った全裸で就寝する健康法を、好奇心による仮採用中で、夜中に催したとき
全裸のまま入ると、窓が開け放たれたトイレは大層寒くて、なにかの罰ゲームのようで少々閉口だが。

そんな我が家のトイレ窓。座ると目線より少し上なのだが、その空き家の裏庭が良く見える。
雑草に覆われていて、春はまばゆい新緑に冬を越した虫達が踊り、夏は少年時代に駆け回った
野原のような草いきれ漂い、秋は色づく草木に過ぎた季節を偲ばせ、冬は薄鈍色の冷気に霜ついた
散り忘れのわくら葉に垂れる蓑虫を愛でる。

さびた三輪車や苔むした柿の木、埃をかぶった鍬や鋤、朽ちかけている物干し竿などが
あたかも枯山水が石の如く絶妙な位置に侘寂と散在し、四季折々の顔を見せるその隣家の裏庭を眺めつつ
用を足すひと時が、なんとなく好きだった。

先日、夜更けに帰宅して就寝し翌朝目覚めると、トイレと同じ方向に向いた寝室の窓がいつもより
明るいことに気づいた。

はてな、と思いつつ寝起きの厠に向かい、唖然とした。

我が愛する厠どきの借景が、関東ローム層の赤土むき出しの明るい更地になっていた。
前日の留守中に解体耕地されたものと思われる。

こう見えても、枕が替わるだけで寝つきの悪くなる少々神経質な性格であるが故に、
何もなくなった窓からの景色を眺めながらの催しは、なんとも落ち着かない。

なにより、空き家に隠れて見えなかったその向こうの住宅が丸見えである。
要するに、その住民からも私の一番情けない姿が丸見えということである。

こうなると、斜に構えて悪代官を一喝シャウトする、いつも威勢のよい私の水戸肛門様も怖気づき、
オチョボグチでボソボソと意味不明の愚痴を垂れる、ただのジイ様に成り下がってしまった。
これからは窓だって開け放してはおれまい。

私の大好きなあたたかい季節がやってくる。
よく晴れた春の日に、どこかの家から風に乗って聴こえてくる、
たどたどしいバイエルを弾くピアノの音をBGMに眺める裏庭は、もう消えてしまった。

誰の目にも無用の長物であったその古ぼけた空き家と裏庭が、一人の男の厠どきの慰めであったことを誰も知るまい。
更地にぽつねんと佇む、細い針金のような雨に打たれるショベルカーを眺めつつ、ひとつ白い溜息をついてみた。
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by hideet-seesaw | 2011-03-23 21:48 | photograph
geeky Columbus
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BGM♪ Carnival / The Cardigans


メジャーデビューをして人気が出たミュージシャンを見て、

「俺はあのバンドを、インディーズの頃から一目置いて、温かく見守ってきたのだ。やはり売れたな。
俺が目を掛けたバンドは、だいたいそうだ。ふふふ。」

などと、ちょっとキザな音楽評論家気取りで言う方がたまにいる。
この場合の「目を掛けた」とは、きっとローカルなテレビや雑誌で見たりライブに行ったり、ってことだけなのだろうが。
そういう方が、

「でもさ・・・売れ出したら個性のないツマラんバンドになっちまった・・・。ので、もう興味はない。」

などと言う場合がある。
マイナーなインディーズ時代は結構身近な存在で、小さなライブハウスでアットホームに
ファンとコミュニケーションなどを取ったりしていたのが、メジャーデビューで一躍有名になり、遠い存在に
なってしまったのが淋しくて、そしてジェラシーなのかもしれない。そう言いながらも、やはりそのミュージシャンが好きで、
シングルが発売されるや否や、こっそり買って応援してたりするかもしれない。

そう考えれば、例えば・・・東京で一旗あげた男が故郷の田舎に泣く泣く残してきた、貧乏時代に
別れた恋人が、その恋人のことなどすっかり忘れて東京で頑張るその男の成功と活躍を、毎夜健気に
人知れず、夜空の星に祈っているようなイジラシさがあるではないか。

まこと勝手な私の妄想であるが。しかも、なにやら古いタイプの妄想である。

私は、好きな音楽はもっぱら古めの洋楽やジャズ、クラッシックが多いので、新鋭ミュージシャンに対して
前述のファンの方のような気持ちになったことは特にないのだが、最近その気持ちがわかるようになった。
でも、音楽に関してのことではない。

「ラー油」に関しての事である。ここ最近、なにが発端か知らないけど「ラー油」がブームである。

以前はきっとどのご家庭でも、食卓の調味料入れの中の醤油やコショウ、七味唐辛子などの、引っ張りダコの
大物たちの陰にひっそりとベトついたホコリをかぶって、せいぜいお父ちゃんが酔っ払った勢いで買って来た
お土産の餃子の時ぐらいにしか出番のなかった彼女が、最近「食べるラー油」などと出世して、世間では
猫も杓子もラー油ラー油。である。

そんなラー油。私は小学生の頃からあらゆる食事にブチかけまくっていた。ラーメンはもちろん、味噌汁、
生卵ごはん、蕎麦やうどん、挙句の果てにハンバーグやグラタンなど等・・・。香ばしい胡麻油とスパイシーな
唐辛子でできたラー油が合わない料理の方が稀であると、もう20数年も前から思っていたのだ。
しかし・・・当時の世間の目は冷たかった。「秀人、なんでそんなもんにまでラー油をかけるの?キモチ悪い!」
などと、周りから白い目で見られたものだ。旨いものは旨いので、そんな言葉など全然気にならなかったが。
今考えれば、なんと先見明らかなる神童か。それとも、ただの馬鹿の一つ覚えの味覚音痴のアホガキか。たぶん後者。

それがどうだ?最近のラー油ブームはっ!?「食べるラー油」に始まりブームになるや、便乗が便乗を呼んで
ラー油関連製品が各方面から乱発して、いまやラー油市場の売り上げは以前の10倍にも跳ね上がったと
いうではないか。

こうなると、誰もが餃子のときぐらいにしか見向きもしなかったラー油を、20数年前からこよなく愛し続けた
男としては、なんだかオモシロくない。そう。前述のインディーズ時代のファンのような気持ちである。
スーパーの片隅に、忘れ去られたように「辣油・・・」と暗い書体で地味に書いてある小瓶しかなかったものが、
いまやスーパー内のアリーナ席に山と積まれて、ホントに本人がそう言ってんのか甚だ疑問だが
「店長オススメ☆」のフキダシ文句も添えられて、
ご丁寧に店員手描きの「ラー油なるほどレシピ」なんてものまで棚に貼ってあり、馬子にも衣装のカラフルな
デザインの瓶に詰められ、エラソーに陳列されている。値段だってかなりエラソーだ。

そんな大出世を果たし変貌を遂げた、かつての恋人「ラー油子」を、私は「俺だけのものだったのに・・・」と、
そんな身勝手な嫉妬心から許せずにいた。要するに、ブームになってからなんとなくラー油を使わなくなって
しまっていた。そしてさらに要するに、出世したラー油子は値段が張るので「別にいらねーや」と思っていた。

ところが先日、ひょんなことから「ラー油の野沢菜漬け」なる、変わり果てた姿のラー油子を頂いたのだ。
そして大好物の生卵ゴハンにそっと載せて食べてみた。

その数日後、誰も事情は知らないし、誰も気にも留めていないのに、心なしかコソコソと及び腰で、
スーパーの買い物カゴに「食べるラー油」をそっと入れている私がいた。

自分が発見したアメリカ大陸に、人々が押し寄せ国を作ったことをヒガんでスネて、
でも、その国がとても良い国だったので、ちゃっかりコッソリとその国の住人になってしまった、
ものすごくカッコ悪いコロンブスの話である。

model J.mogi
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by hideet-seesaw | 2011-03-21 10:05 | photograph
god bless you
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被災者の方々、ならびに必死の救助活動、復旧作業を行っている方々、どうかご無事でいてください。

命を落とされた方々のご冥福を深くお祈り申し上げます。

photo tokei-sou
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by hideet-seesaw | 2011-03-14 21:41 | photograph
delusional spring story.
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→smile delivery

BGM♪ Saudade da Bahia / Dorival Caymmi & Tom Jobim


どうもマヌケな話でいけない。

洗濯をする度に、なぜか靴下が片方だけになってしまう。この超常現象、一体なんなのだろう?
テキトーに洗濯しているので、洗濯機に入れてから干して取り込むまでの、どの段階でなくなるのかも
よくわからない。

わが洗濯機「さとみ」(※部屋の前借主が置いて行ったものを譲り受けた。「さとみ」と命名)に、
靴下だけを何処へかといざなってしまうミラクルホールでも開いているのだろうか?

だが、さとみに顔を突っ込んで覗いて見ても、そんな穴がある様子はない。

はたまた、「中年の汚い靴下(片方)マニア」などという超特異性質な方がいらして、
「おお・・・このヨレ具合、穴の開き具合、色褪せ具合、ラルフローレンのバッタもん具合
・・・一級品の中年靴下デスっ!!いただきマスっ!!」
などと、干してある私のキタナい靴下を物色し、片方だけ持って行ってコレクションして
しまうのだろうか?世の中には、もしかしたらそんな世界観をもつ人がいるのかもしれない。

そんな方がいたら、「古くて壊れそうな(壊れた)ものマニア」という一風変わった懐古趣味をもつ私と、
なんとなく通ずるところもありそうなので、拙宅にお招きして粗茶でも呑みつつ退廃的談義に
花を咲かせてみたいところだが、ついぞそんな方の気配もない。

ならばなにゆえ?

なにゆえ私の靴下は、一週間に一度ほどする洗濯の二回に一回の割合で片方だけ消滅するのであろうか?

片方だけになり、それぞれ形も色柄も違うので、それこそ毛ほどにも役に立ちそうもないその靴下たち。
いつか相方が出てくるかも・・・と、未練がましいセコい考えで捨てずにいるのだが、
涙の再会を果たす靴下カップルは殆どなく、片方靴下専用の引き出しには、たぶんこの世の中に
於いて一位二位とまではいかないが、六位くらいには入るくらい「必要のないもの」であろう
「中年男の穿き古した安物の靴下(片方だけ)」が増える一方である。

キムタクやジョニー・デップが穿いていたとなるなら話は別だろうが。

パペットでも作って、近所の小学校の前で「かわいそうなくつしたちゃん」とかいう
自作の哀愁人形劇でもやって、「靴下おじさん」としてチビッコたちの人気を集めてしまおうか。
不気味がられて石投げられるだけか・・・。それでは自分自身が哀愁である。

いっそのこと、それらの靴下をぎゅうぎゅうにつめたクッションでも作り、
軒下に「マニアさん江 片方靴下だけで作りました。差し上げます。P.S. 今度ウチでお茶でも如何ですか?」
とでも書いて置いておこうか。

そう言えば・・・以前知り合いがお宅で飼っていたワンコは、自ずから鎖を器用に外し、
女性の下着だけをどこからか咥えて持ってきてしまうという「ド変態犬」だったらしい。
飼い主ご家族は、さぞかし迷惑であっただろう。「ウチの犬が持ってきちゃって・・・。」なんて、
下手に警察に届けたりすれば、「ホントに犬が持ってきたのか?」と、お巡りさんにお父さんが疑われること
間違いないだろうし。

そんな感じのワンコが私の家の近くにもいて、靴下だけ蒐集しているのだろうか?
だとしたら、その下着犬より大分趣味が悪いと思う。

天気が良いので「さとみ」をガンガン回している、春雪の屋根より溶け滴る昼下がりである。

model Aki
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by hideet-seesaw | 2011-03-08 12:22 | photograph