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irresponsible dreamer
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BGM♪ Sicilienne, Op. 78 / Gabriel Fauré


中学生くらいのときから疑問に思っていたことを、ふと思い出してインターネットで調べてみた。

「夢」という言葉がある。寝ているときに見るのも「夢」。未来へ向ける希望も「夢」。
そして、英語で言う"Dream”も、寝るときに見るのも、未来への希望も同じ"Dream" 。

もともと全然意味が違うものなのに、どうして日本語も英語も同じ言葉を使うのかなぁ・・・
国境を越えたステキな偶然か?・・・と。

調べてみると、なんのことはない。
日本ではもともと「夢」は寝ているときに見るアレの意味しかなかったものが、
"Dream"に両方の意味を持つ英語の翻訳をするような時代になって、次第に日本語の「夢」にも
「未来への希望」の意味が付いただけのことだそうだ。ちょっと残念である。

「夢」と言えば、誰しも忘れられない「夢」が一つや二つはあるのではなかろうか。
寝るときに見るアレの方で。

それは私が小学2年生ぐらいの頃。楽しみにしていた地元の秋祭りに、祖母から岩倉具視が描かれた
折り目だらけのヨレた五百円札をもらい、姉と連れ立って赴いたときのこと。
綿菓子カタヌキ杏飴。魅力的な出店が軒を連ね、闇に浮かぶ無数の裸電球に羽虫が舞っていた。

姉とふたり思い思いに出店を物色していると、ふと一つの出店の前で足が止まり、そこに売って
いる蛍光色の緑色をしたペンライトのキーホルダーが、とても魅力的なものに見えて目が釘づけに
なり、今にして思えば何故そんなものを気に入ったのかよくわからないが、500円分の300円という
大枚を叩いて買ってしまったのだ。その後、残りの200円で何を買ったか忘れたが、現在ダイソー
に於いて100円で買えるそれよりも、大分見劣りのするそのペンライトを持ち、ちっとも明るくない
その光でアスファルトを照らしつつ、とても満足しながら帰路に着いたのを憶えている。

その夜見た夢というのが、真夜中の見知らぬ不気味な山中で、なぜか一人迷子になった自分がおり、
祭りで買ったその小さなペンライトで足元を照らしつつ、しくしくと泣きながら人里を探して彷徨うという、
なんとも心細く悲しいものだった。なぜ、その悲しく淋しい夢をいつまでも憶えているかと言うと、
その夢の中ではペンライトの光がまばゆい虹色で、それが照らす山の木々や獣道がとても美しかったからだ。

今でも忘れ得ぬ、悲しくて、少しだけ美しい夢である。

そして今朝、どこかの町内会の小汚い会館みたいなとこで、果てしなく長いボンレスハムを永遠と
スライスし続ける、なんとも脱力的かつ非生産的かつ虚無的かつ意味不明な夢を見た。
そしてムサ苦しくてクソ寒い北向き四畳半の寝室で、近所の犬のけたたましい吠え声で目が覚めた。

美しい夢のない大人になってしまった。
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by hideet-seesaw | 2011-02-03 01:51 | photograph
like a crazy beast.
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BGM♪ Misirlou / Dick Dale


携帯電話に概ね月に一度の割合で、

「差出人・ネエチャン 件名・明日 本文・やるよ」

という主語句点も飾り気も全くない、徹底的に無駄を省いたシンプルこの上ないエコなメールが届く。

私と同市内に住む二人の子持ちである2歳上の姉は、こうしていつも私を姉家族で月に一度催す
「ザ・からあげデー」に誘ってくれるのだ。もう毎度のことなので、集合時間も書いていないが、
テキトーに18時ごろゆけば大丈夫なのだ。

からあげ・・・。言うまでもなく私のスーパー大好物である。
給食に出れば、風邪で休んだ山田君の分を他の男子生徒と奪い合い。
弁当に入っていれば、それだけでもう幸せ。ガマンできずに早弁してしまう。
金のないとき、三度のアンパン&牛乳、もしくは二度のたぬきうどんをガマンしても
一度のからあげ定食を選ぶ。

そのくらい好きだ。

姉宅で催されるその「ザ・からあげデー」というのは、姉が近所のサティーで大量に買い込む
鶏モモ肉を、かの料理研究家ケンタロウさんのレシピに姉オリジナルの隠し味を加えて、
次から次へと鬼のように揚げてゆき、それを食卓で待ち構える姉の旦那のS義兄さん、私、
5歳と9歳の甥っ子たちの、飢えたハイエナの如き男たちが片っ端から喰らいつくす・・・
という、シンプルかつ大胆かつパワフルな、どこか汗臭い体育会系の雰囲気漂う生命力溢れた行事なのだ。
揚げたての姉自慢のからあげは、弟の贔屓目抜きで筆舌に尽くし難いほど美味である。

そんなワケで、私はこの「ザ・からあげデー」が滅法好きだ。
姉からの一言「やるよ」のエコメールを読んだだけで、パブロフの犬よろしく
条件反射に垂涎たらたらになってしまう。

訊けばこの行事の発端は姉夫婦が新婚の頃に、他の贅沢は特にしないけど、せめて給料日後は
やはりS義兄さんも大好物であるからあげをたらふく食べて楽しもうじゃないか・・・と夫婦で
発案したものであるらしい。

先日も、そんな「ザ・からあげデー」に誘われて、気合は入れて昼飯は抜いて、空腹の雷鳴轟く
胃袋を抱えつつ、意気揚々と姉宅に赴いた。食卓に着くや怒涛の如く揚がるアツアツのからあげを、
旨い旨いと舌鼓を乱打しながら、4人の男たちはひたすらガツガツと食い続けるのである。
もしこの「からあげ男喰い」光景にBGMを流すなら、荒れ狂う日本海でふんどし一丁の長渕剛と清原和博が叩く
大和太鼓の乱れ打ち、もしくは猛吹雪の津軽海峡で紋付袴の哀川翔と柳葉俊郎が弾く
じょんがら節の掛け合い・・・などが宜しかろう。

昨年初頭にダイエットに成功して以来、食に関しては普段は少々ストイックになっているのだが、
この「ザ・からあげデー」の時ばかりは自らの戒めを解き放ち、檻から荒野に放たれたボブ・サップのように
「ウヲオオオオ!カラアゲタベルゾーー!!」と咆哮を上げて挑むのである。

・・・と、ここ数回の「ザ・からあげデー」で、あることに気づいた。
まだ小さな甥っ子たちの食べる量がものすごい勢いで増え続けているのである。
成長しているのだから当たり前の話だが、その増え方は目を見張るものがある。
現代っ子の彼らは、きっと食べ盛りの中学高校生くらいになれば父親のS義兄さんや私よりも
遥かにデカくなり、その喰らう量もハンパな量ではなくなるだろう。姉の家のエンゲル係数は
天文学的数値に跳ね上がり、もしかしたら私なぞ、実り貧しい寒村の口べらしが如く、もう
呼ばれなくなってしまうのではないか・・・。もしくは「もう中年なんだからヘルシーに」
などと言う屁理屈をこねられ、安価なササミをエコナで軽く揚げたのやアジフライでも出される
ようになってしまうのではなかろうか・・・。

そうなる前に姉から、このからあげの作り方の秘奥義を一子相伝に継承しておこうかと思う、
霙のしんしんと屋根に降りつむ夜である。


model desperado
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by hideet-seesaw | 2011-01-25 01:38 | photograph
the water of flower.
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BGM♪ Time to go / Full moon


私はいつも鼻が詰まっている。

さらに10代の頃までは、何故か大事な場面で鼻水が止まらなくなるという、
なんとも厄介極まりない体質であった。

それは中学2年のとき。全校生徒で体育館に集まって整列して校長先生の話を聞いていたときの話だ。
隣の列に、ちょっと(けっこう)憧れていたS先輩(女)がいて、校長先生の話など
そっちのけの上の空で、ちょっと先輩を意識しつつドキドキしていた。・・・ら、

つつつーーー

鼻水が出てきた。「ちっ・・・またか・・」と慣れたもので、すん、すん、と吸ってごまかして
いたが、ポタ・・ポタ・・と閉め忘れた蛇口ぐらいの勢いだった鼻水が、そのうち放水車くらいの勢いになってしまった。
そんなジャジャ馬な鼻を持っているクセに、ハンカチやティッシュを持ち歩いていない、キタナイ思春期の私でした。

ぐず・・・ずび・・ずびびぃ  

バキュームBYマイセルフでは追いつかないので、手の甲で擦り始め、手がベトベトしてきたので、
学ランの襟口に擦る最終手段でしのいでいた。校長先生の話は終わる気配はない。
少々ビロウな話で申し訳ない。

そんな様子の私に、こともあろうか隣の麗しのS先輩が気づいてしまった。
巧みに誰にも鼻水垂れ流しをバレないようにしていたが、襟口で顔付近を拭いつつ
「ぐず・・ぐずず」と、うつむき加減にしているので、きっと泣いているように見えたのだろう。

「秀人クン・・・泣いてるの?大丈夫?」
「!??×#$☆¥△○・・・!!・・・ハイ・・・ずび・・・大丈夫です・・・ずずぅ」

鼻水がバレそうでこっ恥ずかしいのと、憧れの先輩が気遣ってくれて嬉しいので、完全にパニックに
陥ってしまった。嬉しいのは嬉しいのだが、そんな鼻水状態は絶対見られたくないので、
出来れば放っておいてほしいような・・・。しかしもっと気遣って欲しいような・・・。
思春期の矛盾した思考ってのは、ホント手に負えないほどバカである。

頭の中の状態を例えて言うなら、四畳半一間の散らかった部屋にオードリー・ヘップバーンの容姿をした
林家パー子が、ワーキャー甲高い奇声を上げながら30人ほど、フラメンコダンスを激しく踊りながらやってきたくらい、
ちょっと嬉しい様な、でもかなり大迷惑な様な、そして大パニックな心境であった。

「ねえ、どうしたの?大丈夫・・・?」

と、私が泣いていると思って私の一挙一動を凝視し、優しい小さな声で覗きこんで話しかけてくる。
必死に鼻水ズルズルを悟られまいとする私。校長先生の「で、あるからして・・・生徒諸君は・・・」なんて話を聞いて
感無量で泣く危ないヤツにも思われるかも知れないし、鼻水がバレれば陰でそのまんま「はなみず」なんて安直なアダ名を
付けられるかも知れないし、勢いはそのころナイアガラの滝になっているし、助けてくえれ~~~
と、絶体絶命の救難を神に祈ったその刹那。

「ぐふぶびっ」

むせてしまい、折りしも前方に並んでいたT君の学ランの背中にでっかい「鼻水玉」が弧を描きながら命中した。
S先輩はそれを見るや「うっ・・・」っと一声発して、それきり私を気遣う様子は見せなくなってしまった・・・。
事の全貌を知り、そっとしておくのが良策と考えたのか、はたまた「触らぬ鼻水男に祟りなし」と思ったのか。

私は頭の中が臨終後の心電図のように「ピーーー・・・」っと完全に真っ白になってしまって、
全校集会途中に体育館を抜け出すと、もうイヤんなってそのまま夢遊病患者の様にフラフラと家に帰ってしまった。

その夜、「うおおおおおーん・・・」と負け犬の遠吠えさながらに、枕を濡らした。
そして、その後S先輩とは二度と口を聞くことはなかったのだった。

ちなみに、私のバッちい鼻水玉を学ランの背中に食らったT君。次の日、気になって背中を見てみると、そこにはカッピカピになった
私の鼻水のミイラがまだいた。「うわ・・・」っと思ったが、名乗り出て謝るのもなんなので放っておいたら、
5日間くらいそのミイラは日に日に小さくなりつつも、しぶとく残っていたのが妙に悲しかった。

あまり接点のなかったT君は、今でも私の中の印象は「鼻水ミイラ」でしかない。T君ゴメンなさい。もう時効でしょう。

最近鼻の「鼻中核湾曲症」の手術をしようと思って、ふと思い出した話である。

model sumitaka
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by hideet-seesaw | 2011-01-21 17:02 | photograph
a smiley new year
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BGM♪ In the mood / Glenn Miller


みなさま、明けましておめでとうございます。
・・・この新年の挨拶、いったいいつまで言ってよいのやら・・・。

この正月、本家である私の実家では、親戚一同総出で賑々しく祝いの宴が催された。
世間は少子化の嵐であるが、こと高水家に至ってはここ数年、少子化なんてクソ喰らえてな
勢いの空前のベビーブームが到来しており、ただでさえたくさんいる同世代のイトコたちが
チビッコたちを引き連れてやってきてりして、その来場人数たるやものすげぇものでした。

私の血筋には、戦後の落語界に於いて一世を風靡し「爆笑王」の異名を取った故・三遊亭歌笑(3代目)
という落語家がおり、父方の親戚はもれなくこの血を引き継いでいる。
「自分が一番おもしろい」と思っている、葬式には適さず、結婚式に向いた人たちばかりなのである。
実際、葬式の湿っぽさに耐えかねて、どーしょもないギャグを飛ばしてしまい、周りの冷笑を買ってしまう者もいる。
かく言う私もとある葬儀で、軽くくだらないギャグを飛ばしてしまったことがある。
周りの人たちは一瞬、私につられて笑ってしまったが、すぐに場をわきまえて、あたふたと
「悲しいです・・・」という顔を取り繕う。私もそれを見て「いけね・・・葬式だった」と我に返るのであった。

そんな人たちが一堂に会する我が家の正月。笑声絶えぬ一日になったのは言うまでもない。

占星術だか風水だか陰陽道だか忘れたが、今年は「笑った者には福きたる」の年であるらしい。

もともと私はかなりの笑い上戸で、34歳になった現在、その目尻にはくっきりとブ厚い笑いジワが
刻まれてしまった。まぁ、これは我が高水家の血筋たる者の証みたいなもので、先に挙げた我が
一族には、少林寺拳法修行僧の額の灸痕が如くこれが刻まれている。

そこで思った。私は人の「笑顔」の写真を撮ることが、何を撮るよりも一番好きなので、
今年からこの「seesaw」とは別に、笑顔の写真満載のブログを書き始めようと。

書いて幸せ。見て幸せ。そんな笑顔のあふれるブログを、これから始めてまいります。
始めたら、このseesawブログに告知いたしますので、一瞥していただければ幸いと存じます。

本年も宜しくお願い致します。

model masahiro meisa
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by hideet-seesaw | 2011-01-11 10:48 | photograph
hypocrite
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BGM♪ One More Time, One More Chance / Masayoshi Yamazaki


私の手は、いつもじんわりと汗ばんでいた。
多汗症というヤツであろう。学生時代、後ろの席に廻すプリント用紙を持つときだって、
一瞬で紙が湿ってしまうので、そんな些細なことでも緊張してしまっていた。

さして勉強もしていないのに、いつも私のノートは汗の湿気を吸ってぐにゃぐにゃになっていた。

そんなコンプレックスって、誰にでもあるものだろう。

以前、そんな私の汗ばんだ手を見て「手が汗ばんでる人には、優しい人が多いんだよ」
と言ってくれた人がいた。

科学的になにか根拠があるのか、言い伝えや迷信の類かわからないけど、
自分の欠点だと思っていたことを褒められて、すごく嬉しかった。

そんな私の手。最近はめっきり乾燥している。
きっと優しい気持ちがなくなってしまったのかも知れない。

そんなワケで、これから散歩にでも出かけて、車に轢かれそうな仔犬でも見つけて、
装甲車並みに頑丈な身体にモノを言わせて助けてみようかな。

そんな偽善者風の吹く、クリスマスである。意味不明。

model stranger
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by hideet-seesaw | 2010-12-25 12:08 | photograph
yellow presents
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BGM♪ Kiss from a rose / Seal


以前もこのブログで書いたが、私の住む部屋の大家さんはとても親切なご夫婦である。

先日、夜も更けたころ帰宅すると部屋の前の暗い私道にポツンと椅子が置いてあり、そこになにやら
黄色いゴロゴロしたものが山積みされていて、大家さんの達筆でこう貼り紙がしてあった。

「拙宅にて採れたカリンです。ご自由にお持ちください。」
一帯に住む住民たちへのお裾分けであろう。

家賃は大家さんのお宅に手渡しにゆくような、今どきなんともアットホームな環境である。
大家さんに支払い終わって暇乞いをすると、決まってその都度奥様が奥の台所から「お土産に」と、
季節の野菜や菓子、ジュース、缶詰などを持って来てくださるようなご夫婦である。

そんな優しい大家さんのご好意に甘えて、赤子の頭ほどのカリンを二つばかりいただいてみた。

その芳しい香りに惹かれて、なんの予備知識もなくガブリとかじってしまった。
・・・失敗であった。かなり硬くて渋くて、なんとも妙ちくりんな味がした。

調べてみれば、カリンは生では食すことはできなくて、蜂蜜に漬けてのど飴にしたり
するのだそうだ。

河豚やキノコ、納豆なんかは、私たちの遠い先祖が、カリンをかじった私のように
食欲の赴くままに・・・

「このトゲトゲファンキー魚、なんだかよくわかんないけど旨そうじゃーーん!!」とか
「なんか豆が腐っちゃったけど、金ねぇし食っちまえ~ぃ!いぇ~い☆」

・・・と、ノリでガブリとやって、図らずも命を賭して現代に伝えてくれたのだなぁ・・・。
と、勝手にしみじみ思いながら、河豚などあるわけないので、シイタケを炒めて食す寒い夜である。

ちなみにドッグフードは人間もOKである。小学生時代、教室でドッグフードを食べれば
ギャラリーの女子たちが「すごーい!」と黄色い歓声を上げて注目してくれると甚だしくカンチガイして、
わざわざ学校まで「ビタワン」を持参した、アタマの悪い鼻タレ小僧の私自身が身を持って実証済みである。

薄味で、決して旨くはなかったが。そして、人気者になるどころか、小学生にして変態視される
ことになったのは言うまでもない。

model tommy
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by hideet-seesaw | 2010-12-18 00:00 | photograph
zomaphone
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BGM♪ すばらしい日々 / Unicorn


三年間ほど使ってきた我が携帯電話。
液晶にヒビが入り、バッテリーは持たなくなり、塗装は剥げ、マイク部やスピーカー部の穴に
有機的老廃物っぽいものが詰まり、マナーモードは解除できなくなり、そしてコネクター部の蓋と
と「0」のキーは、いずこへかと姿を消した。もうよかろう。新しいのにしても・・・・。

何年も前、ダウンタウンの松本人志の携帯電話のCMで、多機能戦争に突入した携帯電話の
競争に逆らって「携帯”電話”でしょ?話せればええやん。」って、シンプルさを謳い文句にした
台詞があったが、当時私は携帯電話に多くを求めず、その言葉に大いに賛同したものだった。

・・・が、

いつの間にやらそんな自分も、今や仕事においてもプライベートにおいても、携帯電話の通話は勿論、
メール、インターネット、スケジュール等など・・・・欠かせない機能が増えてしまった。
だって便利なんだもーん。

そんなワケで、巷で話題のゾマホン・・・じゃなかった、スマートフォンにすることにした。
悩んだ挙句、王道iPhoneを選んだ。

・・・が、

数日前、いざ買って帰ってみれば、自宅で電波が圏外・・・という、なんとも致命的なハプニング。
さすが東京のスイスあきる野市。先代auは普通に圏内だったのに。

唯一、東向きの窓に携帯をびたりと貼付けておけば、途切れ途切れの通話はなんとか可能だが、
「どこでも話せる」が一番の取り柄である”携帯電話”がこれでは、なんとも締まらない。
誰も見てないにしろ、窓にヘバりついて電話しているそんな姿、カッコ悪いし、
なんだか空しさ沸々である。

しかも、私の買ったiPhone本体に限って動作が少々狂っている不良品であったため、
メールの送受信もろくにできない始末。まぁ、2日後くらいに新品と交換してもらったが。

もともと電気機器は大好きなので、買って帰ってくる道々など嬉しくて、
早く家に帰ってイジくりたくてウキウキしながら運転していた。
この感覚・・・なんかデジャヴだなぁ・・・と思ったら、中学生のとき初めてウォークマン
(カセットテープ)を立川で買って帰る青梅線の中の気持ちとまったく同じだった。

どっぷり携帯の便利さに頼っている今日の私。携帯が使えなくて軽くテンパってしまった。
しかも、スマートフォンはどんなに楽しいもんなんだろう?と、羽根が生えるくらい軽い足取りで
帰ってきたのに、いざ自宅で使えないとわかったら、子泣きジジイ1ダースにおんぶされたくらい
ずずーんと沈んでしまった。。。

幸い、iPhoneの通話網を担当しているSoftbankは、自宅に設置する小型アンテナ基地局を無料提供しているので、
早速ソレを申し込んだのだが、届くまで2ヶ月ほどかかるらしい・・・。

てなワケで、仕事やプライベートで私にご連絡を下さる方、これを読んだら繋がらない私に
優しさと、少しの憐憫を持って接していただければ幸いと存じます・・・。

背中におぶさる子泣きジジイは、昨日あたりから3ダースぐらいに増えている。

model katsuyuki

※広告目的の書き込みが頻発しているため、しばらくの間コメント書き込みを遠慮させていただきます。
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by hideet-seesaw | 2010-12-12 22:36 | photograph
a small gast
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BGM♪ Aliens / Kirinji


夏はたくさん名もなき小さな虫が来た私の部屋。

それがこの寒い時期になると、その小さな客たちは自然の摂理でめっきり姿を
見せなくなる。

鬱陶しいときは鬱陶しいものだが、あれだけいたものが全くいなくなり、
たまに見かけたと思ったら、窓の桟の端に干からびた亡骸を晒した姿であったり・・・
ふっと息を吹きかければカサカサと飛んでいってしまうような、
そんな姿を見ればなんともやるせない気持ちになる。

寒いと、人間はやはり心も塞ぎ気味になるようだ。

少々塞ぎ気味の34歳アンニュイ男の部屋。
日当たりサイテーでうら寒い現実も手伝って、
寂寥感の混ざった冷たい空気が、瘴気の様にどんよりと漂っている。

もし今、私の部屋にヒロミチお兄さんが 丘をこえ~ゆこうよ~くちぶえ吹きつ~つぅ~♪
と、さわやかに踊りながら遊びに来てくれても、部屋に漂うその瘴気に触れてしぼんでしまい、
Mr,オクレになって「昭和枯れすすき」でもボソボソと囁きながらトボトボと、そこらの
犬に吠え立てられでもしながら帰ってゆくことだろう。

そんな冴えないここ数日、便所にゆくと面白いものに立て続けに出遭っている。

蜘蛛である。小指の爪くらいの蜘蛛が、なぜか私が小用をたしに便所に赴くと、
天井から「つつー」と糸を垂らして私の目の前に降りてくる。
最初は気にも留めずに放っておいたが、私が行くたびに二度、三度と降りてくるので、
小用をたしつつ眺めていたら、「なんとも愛嬌があるではないか・・・」
という気持ちになってきた。

尻の先から糸を出して下降しては、それを足で手繰りつつまた登ってゆく。

やれ打つな蝿が手をする足をする 小林一茶の気持ちがなんとなくわかる気がした。


photo 2010.11 ome
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by hideet-seesaw | 2010-12-01 21:59 | photograph
mumble incoherently
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BGM♪  un homme et une femme / Clementine


先月に引き続き、また風邪をひいてしまった。

私は生れつき「鼻中隔彎曲症」(びちゅうかくわんきょくしょう)という、鼻の骨が曲がって
しまっている体質を抱えていて、そのせいか鼻のみで呼吸をするのが少々困難なときが多く、
ついポカ~ンと口を開けて息をすることが多くなってしまう。

床屋で「お顔に失礼しま~す」と言われて蒸しタオルを鼻だけ開けて顔に掛けられると、
息が上手くできなくて、「ふごっ!ふごもごっ!!」と、大変苦しい。

「はい。お疲れ様でした~。タオルどかしますね~」「ふご・・・」

疲れたどころか、お花畑に川があるあの場所の一歩手前である。
変なところで見栄っ張りの意地っ張り、負けずギライな性分。やめてください!とも言わず、
ひたすら息をガマンしてたこともあった。なんの得にもならない損な性格である。
というか、バカである。

閑話休題。

口呼吸だと、風邪の菌が直接ノドを攻撃して風邪になりやすいらしい。

私がよく風邪をひくのは、きっとバイクにでも乗ってるとき、いつもヘラヘラと口を開けた
アホヅラでいるからであろう。

そんな今日、自分でテキトーに作った「中華風トリガラおじや・生姜入り風邪仕様」が
思いがけずとても美味しそうだったので、たまにはテレビの世界ふしぎ発見でも観ながら
野々村真と回答バトルでもしつつ、ゆるりと美味しいご飯の時間を過ごそうと思い、
おもむろにテレビのリモコンでスイッチを押したが、反応なし。

こんなとき、大抵の人は電池の消耗を疑い、リモコンに平手打ちや空手チョップ等の
打撃を与えてみるだろう。
電池消耗の黎明期なら、それでまた余裕でリモコンが効くようになる。一安心だ。

それでもダメならリモコン裏側の電池の蓋を開け、ぐりぐりと電池を指で回すだろう。
これが第二次電池消耗期(勝手に命名)。この段階で効けば、電池はまだ生きている。

最後に、空手チョップもぐりぐりも効かなくなり、ついにご臨終かと思われたリモコンの電池に、
死者に鞭打つかのように「これでもか!」と、左右の電池を入れ替えてみるだろう。
稀にこの技で「死せる孔明、生ける仲達を走らす」がごとく、リモコンが反応する。

生憎私のリモコン電池は先日、この最後の「死せる電池、生けるテレビを走らす」の必殺技を
お見舞いしたあとだったので、もういい加減ウンともスンとも反応してはくれなかった。

電池・・・「なぜかいつも買い忘れてしまう物選手権」があったら、ぶっちぎりで金メダル
なヤツではなかろうか。かく言う私も買い忘れてしまっていて、ただいまリモコンは
「すいっちがいっぱいついてるただのきかい」に成り下がりっている。

なんだか、なにが言いたいンだかワケのわからんこんな内容のない文章、
風邪っぴきのときの私の「支離滅裂っぷり」の備忘録と思って読み流していただけたら
幸いな、39度の熱の夜である。

それにしても・・・こんなに最後の最後まで使ってもらえる電池って、他にはないだろうなぁ・・・。

model shizu
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by hideet-seesaw | 2010-11-28 01:59 | photograph
nostalgic moon
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BGM♪ Fly Me To The Moon / Brenda Lee


先日、夜に運転をしていると、月がとても綺麗だった。

幼き頃、家族で遠出をした帰りであっただろうか。
遊び疲れて、父の運転する車の後部座席に寝そべり、夢うつつに車窓に流れる
街の灯を見ていると、月だけが流れる景色の中に消えてゆかず、
車を追うようにずっと見えていることに気づいた。

澄んだ夜空に少し雲の衣を纏ったとても美しい月だったのだが、
その月が私を乗せた車を執拗に追ってくるような自らの空想に囚われ、
なんだか少し怖くなって目をぎゅっと閉じたり、また恐る恐る見てみたり
して、帰路を飽かずに「追ってくる月」の幻想を楽しんだものである。

いつのまにか忘れてしまっていたそんな情景をふと思い出した。
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by hideet-seesaw | 2010-11-25 15:33 | photograph