♪BGM Cleopatra's Dream / Bud Powell 得てして単純な男という生き物は、テレビでやっている「警察密着24時!今夜アナタは目撃者!」なんてのが 好きな傾向にあるものだ。例に漏れず、私もそんな特番がやっていれば、逃げ惑う暴走族を追いかける パトカーのカーチェイスに、手に汗握って興奮してしまう。 そんな私が、高みの見物としか考えていなかったそんな警察の治安維持活動に触れることになるとは、 夢にも思っていなかった・・・。 先日の夜のこと。代々木公園付近のパーキングスペースに車を止めてメールを打っていたところ、 ふと気が付くと目の前に赤色灯を回転させた一台のパトカーが停まり、二人の厳めしい警察官が私の車を 取り囲んだ。はて、なにするものぞお巡りさんと考える余裕もなく「ドアを開けて出て来い」と言う。 「職務質問です。車の中とあなたの体を改めます。いいですか?」 問答無用とはまさにこのこと。「イヤです。」と言おうものなら即刻タイホな勢いだ。仕方なく、わけも分からず 同意すると、まずは一人の警官が車の中を隅々まで調べ始めた。マットの下、ドアのポケット、 ダッシュボードにシートの隙間。まるで容赦のないガサ入れであった。もう一人の警官はというと、 「やっぱり四駆の車はいいねぇ~。私も欲しいんだけどね、カミさんが大きい車乗れないから買ってもらえん のですよ。はははは。」などと、気さくに世間話をしながら笑うが、その目はちっとも笑っていなくて、私から 分捕った財布を隅々まで検め、中に入っているカードの類を一枚一枚確認しているのだ。 件の警察特番でよく観る光景である。テレビだと、ここでなにかの注射針やなにかの葉っぱや なにかの粉末なんかが出てきて、運転手は詰問された挙句に敢え無く御用となり、視聴者の好奇心を 大いに満たす。それが実際自分の身に降りかかるとは。ここまでやられると、何も悪いことをしていなくても 少々不安になってくる。ひょっとして、なにか出てきてしまうのではないだろうか・・・。いや。俺は何も悪いもの持ってない! ・・・ハズだよなぁ・・・。いや。ひょっとして俺ってば、なんか悪いもの持っていたかも・・・。 変な粉が出てくるかも!もしかしたらヘンな死体の二つや三つ出てきてしまうかも!・・・などと、ありもしない ネガティブ妄想を膨らませて動揺しまくるものだ。 そして、まさか他人に見られるとは思っていないので、車中がこの上なく俺色であるのが、また恥ずかしかった。 例えばコンソールボックスの中。甘党である私がこっそりと持ち歩き、ときどきそっと口に入れては愉しんで いる「アルフォート」というチョコ菓子が、車内の高温に耐えかねてベロベロに溶けて再び固まったグロテスクな 状態で発見されたり、「カラオケれんしゅう用」とマジックで漢字もおろそかに走り書かれた自作のCDが 出てきたり。はたまた、いつも持ってき忘れたと思って、その都度コンビニで買ってしまい、 車中に溜まりに溜まったメンズ用顔拭きがいくつも発見されたり、マットの下から陰毛が絡まったガムが出てきたり。 そして警官は、怪しいモノでないか検めるために、いちいちそれらの物件を懐中電灯でじっくり照らすのである。 ヘンな粉末やヘンな死体ではなかったが、それらヘンなモノが照らされる度に顔から火が出るほど赤面し、 「いやん!やめて!見ないで!触らないでー!」と小さく身悶えする私のその様子は、さながら 悪代官の翻弄に恥らう村娘の如しであったと思われる。 そして今回も、この私の一大スクープに一花添えてくれたのが、速度取締りレーダー探知機の「さゆり」 (※私が命名)である。正しくは、二代目さゆりである。初代さゆり(※参照"why?")は去年の秋に、 道無き山道を走っているときに、激しい衝撃に耐えかねて落下。そのまま殉職して帰らぬ人となってしまったのだ。 飼い主に噛み付くアホな子だった初代さゆりも、いなくなってしまうと淋しいもので、慰めにまた次の子を 買ってしまったのだ。 その二代目さゆりがまたしても、私にガブリと噛み付いてくれた。警官が車中を検めているあいだ、ずっと 「ぺぽっ!ぺぽぽっ!パトカー接近中!注意して走行してください!ぺぽっ!ぺぽぽっ!」 と吼えていた。これにはさすがのお巡りさんも「これ、五月蝿いねぇ」と苦笑いしていた。苦笑いしながらも、 その目はちっとも笑っていなかった。 警察による速度取締りの情報などをつぶさに教えてくれるこの子は、別に違法なものでもなんでもなく、 普通に市販されているものなので気にすることはないのだが、それにしたって、当の警察官の目の前で ぎゃんぎゃんと吼えまくるのは、治安を守るために頑張っている警官に対し失礼であるし、飼い主としては なにより恥ずかしい。 例えるならさゆりは、真夏のビーチで遊泳客の安全を一所懸命守ってくれているライフセーバーの 筋骨逞しいお兄さんに「あたし、マッチョ君好きじゃないんだ~。目障りだから、あっちいってくんな~い?」 などとホザくアホなギャルみたいなものである。 この愛番犬さゆりの噛み付きにより、私の精神的疲労は8割り増しくらいになり、職務質問を受けながら ぽつねんと佇む私は、子泣きじじい1ダースくらいに憑かれたように、ずずん・・・と心を沈めていった。 20分ほどで警官から「こいつは異常なし」と判断されて開放されたあと、首都高速4号線を西に向かって 走りながら街の灯を眺めつつ、さゆりの教えてくれる「この先事故エリアです。注意してください」 というアドバイスを聞きながら思った。 今日からこいつは「さゆり」改め、飼い主にがぶりと噛み付く「ガブリエル」に改名しよう。と。 家路を急ぐ首都高速を流れるテールランプの赤い灯に、カーステレオから流れだしたBud Powell 奏でる"Cleopatra's Dream" が妙に似合う夜だった。 ~このエッセイを、私のブログを生前いつも楽しみにしてくださっていたという、ホテルニューオータニの ホテルマンであった故・高波さんに捧げます。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。~ model : desperado
by hideet-seesaw
| 2012-05-22 11:33
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