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BGM♪ Cavatina -theme from the movie "The Deer Hunter"- / Kaori Muraji


今でこそ「あきる野の泳ぐフェラーリ」と、他称はないので自称するほどの水泳好きである私だが、
実は物心ついた頃には、水が怖くて泳げなかった。

私の父という人は、高校時代に水泳部の主将を務めたほどの水泳狂いで、当時、泳げない私をどこかの
プールに連れて行っては、ものすごく高い飛び込み台からモモンガの様に跳んで見せたり、激流の秋川渓谷上流に
連れて行っては、ビーバーの様に潜って見せたり。はたまた、水泳部時代の父が、卑猥なほど小さな競泳水着で
筋肉をムキキっとさせた、自画自賛な白黒写真を引き出しの奥からゴソゴソと出しては見せつけたり、
今は亡き「アイドルだらけの水泳大会」を観ながらストップウォッチでアイドル達の50m競泳タイムを計り、
「郷ひろみよりも、俺の方が速い・・・ふふふ」などと、これ見よがしに呟いてみたりと、
「水泳できるとカッコイイんだぜ」と執拗に私にアピールしていた。そして、男たるもの泳ぎのひとつも出来ない
なんて、カッコ悪いしモテないんだぞ・・・みたいなことを訥々と私に語って聞かせていた。

しかし、怖いものは怖い。近所を流れる東京で一番美しい秋川渓谷も、浅い所は鮎や鮠の泳ぐ姿が、木漏れ日に
輝く水面から垣間見えて美しく、幼心に水辺の趣が大層好きであったが、黒洞々たる流れ淀んだ深い淵は、
見るだに恐ろしく、側にゆくだけで戦々恐々として足が竦んでしまったものであった。

そんな、あきる野っ子にあるまじき貧弱気弱な私に業を煮やした父は、ある日突然、なんの前触れもなく
問答無用の強硬手段に出たのであった。

ある夏の日。父は私を「山に行こう」と誘い、愛犬と共に車に乗せて山へ向った。郷土料理屋を営む父が、
私を連れて食材の山菜やキノコを採りに山へ行くことは別段珍しいことではなかったので、その日も喜び
付いて行ったのだが、山の奥深いところに着くや、川の流れの深いところに突然私を放り投げたのだ。
父は私を放り投げながら「溺れても大丈夫だ!俺が助けるから頑張って泳いでみろ!」的なことを叫んで
いたが、私は正直「俺、死んだ・・・」と思ったものだ。案の定溺れる私を、後から飛び込んできた父は救い
ながら「暴れないでじっとしていてみろ。浮かぶから。」と言い放ち、ついでに手も放ってしまうので、また溺れた。
一緒に来ていた愛犬が、そんな様子を川べりでヘラヘラと笑っているように見えたのが、やけに印象に残っている。

その日、結局溺れて水をしこたま飲んだだけの私は、父が「よく頑張ったな」などと褒めてくれたが、
イジけにイジけて、川砂利にわれ泣きぬれて沢蟹とたはむれた。

その数日後。いつもなら保育園に行く時間に母が「お父さんが、今日は保育園休んでいいってさ・・・」
と言ってきた。本来なら思い掛けないホリデーに喜ぶところだが、数日前の傷心を引きずっていた私は、
その日の母の表情に一種異様なものを動物的な勘で敏感に感じ取り、子供部屋のタンスの中に隠れた。
事情を知っていた母はポーカーフェイスのつもりであっただろうが、強引な父のやり方を心配する母親の情
が表情に出ていたのだろう。そして、潜伏空しく私は他愛もなく父に見つかり捕獲され、「今日は浮き輪を
していいぞ」とダマされ、それなら楽しそうだと、他愛もなくサマーランドに連行されて数日前と同じ憂き目に遭った。

しかし、散々な思いをしつつも、その日を境に私の中から水への恐怖が嘘の様に消え去り、息を止めて潜ったり、
ヘタクソな犬カキで泳ぐことが出来るようになったのだ。その日、父は泳げない私を叱ることはせずに、
「お!今一瞬潜れたじゃないか!」とか、「お前はバタ足は最高に上手いな~」とか、小さなことを褒め
まくってくれたのだ。それがなんだか嬉しくて、必死で溺れ泳ぐうちに、水と戯れるのが楽しくなっていたのだった。
おまけにサマーランドからの帰りしな、お土産売り場で「秀人。今日は頑張って泳げるようになったから、
なにか好きなものを買ってやる」と言い、ブルドーザーのミニカーを買ってくれた。
今思うと、なんとも分かり易い「飴と鞭」である。大人になってから、そのときの事を父に訊ねると、
「まぁ・・・泳げるようになったんだから、いいじゃねーか。あはは」と答えた。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とし・・・」の諺を見ると、この時のことがいつもありありと思い浮かぶ。
あきる野っ子は小学生にもなると、夏休みは朝から晩まで飽かず秋川渓谷で河童の様に泳ぎまくり、
皆真っ黒に日焼けして過ごしていた。そんなあきる野っ子の友達たちには、私の知る限り、
泳ぎの苦手なヤツは誰一人としていなかった。

私は、獅子の様な父のおかげで河童になった。

photo : from "Kagetsu Bridge" Akiruno 2009.9
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by hideet-seesaw | 2011-09-12 01:43 | photograph


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