unforgettable memories
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BGM♪ 鳥になる日 ~bird Eyes~ / Hajime Mizoguchi


前回書いた「テキトー自由奔放少年サトル」のことを読んでいて、ふと気づいたことがある。
妄想の疾走に任せて描いたサトルの家族は・・・実は私や私の家族のことだと。

私は、もう本当に申し訳ないくらい忘れっぽく、そしてイロイロなことをよく間違える。
日々忘れ事や間違い事をしないように十分気をつけているつもりなのだが、
「忘れっぽさ」や「テキトーさ」が引き金の、どうしょもない失態を日々繰り返してしまっているのだ。
一体全体誰に似たのか?ずばり父である。そんな父の母との出逢いは、彼の忘れっぽさ・・・というか、
その奔放でテキトーな性格がきっかけなのである。

時は、今を遡ること四十年ちかく前。まだ人々はチョンマゲをしていて、道路を恐竜が闊歩していたころだ。
私の母がまだうら若き頃に、会計や受付などの事務職として勤めていた八王子市にあるとある病院に、
一人のムサ苦しい男が、ひょっこり「ぢ」の治療の為にやってきた。ずばり若き頃の父である。

サンダル履きに汚いジーンズでムサ苦しい上に、イボ痔の治療・・・。そんな、なんの魅力のカケラもないその男に、
うら若き母は、最初は何の印象も持たなかったハズだ。それどころか、まったく眼中になかったであろう。
ただの「汚いジーンズに汚いサンダル姿の一患者」として、淡々と事務的に扱ったと思われる。

元来忘れっぽくてテキトーな性格の父は、その日治療を終えて帰るときに事件を起こした。
自分は小汚いサンダルで来たくせに、なにを思ったか、いや、なにも思っていなかったからだろうが、
あろうことか、間違えて違う外来患者のピカピカの高級な革靴を履いて帰ってしまったそうだ。

革靴の持ち主は、自分の靴が盗まれたと思って大騒ぎになったのだが、犯人はほどなく割れたという。
閉業時間になり、あらかた外来患者帰ってしまったあとの下駄箱に、小汚いサンダルがぽつねんと
残っていたからだ。しかも、それが故意によるものでないのもすぐに判明したという。ナゼなら、
父が経営する料理屋の名前と電話番号が、その汚いサンダルにマーカーでしっかり書いてあって、
バレバレだったからだ。

その後、事務職である母が父に連絡を取り、ウッカリ者の父から靴を返してもらい事なきを得たのだが・・・
その応対をした母に、父がこともあろうか一目ボレをしてしまったのだ。母によると、父はその数日後、
病院の外で勤務後の母の帰りを待ち伏せしていて声を掛けてきたと言うのだ。40年前ならイザ知らず、
今なら間違いなくストーカーとして通報&職務質問&連行の憂き目に遭っていたであろう。
平和な時代であったのだな・・・・と、しみじみ思う。

そして、その待ち伏せ男は大胆にも直球でデートに誘ったそうだ。しかも、そのデートを母はOKしたそうだ。
父も父なら、母も母である。

なにゆえ「汚いジーンズ姿の靴窃盗犯もどきストーカー男(イボ痔)」の待ち伏せデート誘いなどを承諾したか?
と母に訊けば、「う~ん。なんでだろうね・・・?変な人だなぁとは思ったけど。あはは。」と答える。
しかも、デートのドライブに際して、父はカーステレオで自分の歌を吹き込んだテープを延々と流していたそうだ。

なにゆえ、そんな鳥肌モノのデートに嫌悪感を覚えなかったのか?と母に問えば、
「デートとか当時よくわかんなかったから、そーいうもんだと思ってた。あははは。」と答える。
そんな身の毛もヨダツおぞましいデートを繰り返して、二人の気持ちは序々に近づいていったそうだ。

亥年の猪突猛進男の父と、天然ボケ炸裂女の母が織り成した珍妙極まりない馴初めの思い出話を聞いたとき、
息子の私は開いた口が塞がらなかったものだ。

まぁ・・・結果的に父がその忘れっぽいテキトーさゆえに母と出逢い、私が今存在するわけなので、よしとしよう。
・・・と言いたいところだが、生憎私もその「忘れっぽいDNA」をしっかりと受け継いでしまったので、
失態絶えない日常に、最近ゲンナリとしてしまっている。

余談だが、二人が交際中のある日。父が母をデートの最後に母の自宅に車で送った際、
父の姿を物陰から偶然垣間見た母の母親(私の祖母)は「こんな汚らしい馬の骨に、ウチの大事な娘なんて
やるもんか!」・・・と思ったそうだ。そして後日、父が挨拶にやって来るというので、そんな汚い馬の骨、
問答無用の門前払いにして、塩をブチ撒いて追い返してやる!と息巻いていたのだそうだ。

しかし当日。いざ現われた父は、あつらえの三つ揃えにポマードで髪をビシっとキメた洒落っぷりで、
以前見たときとはまったく違う雰囲気を醸し出していたそうだ。

祖母は呆気に取られて、思わず応接間に通してしまったそうだ。父は、そのときとても颯爽としており、
そして堂々と「娘さんを私にください」と言ったそうな。これには、「どうせ汚い馬の骨」と高を括っていた
祖母も祖父も面食らってしまい、しまいには、父がとても誠実そうな男に見えてしまったようだ。
なにより、同席していた母の実家の重鎮であり、非常に気難しいことで有名な曾祖母(享年108歳)をして、
「品行方正そうな、あっぱれな男ずら!気に入った!」と言わしめたそうな。
その鶴の一声で、二人の縁談は決まったようなものだったという。

まるで織田信長と斉藤道三の正徳寺会見の逸話のようなので、時代劇モノの好きな父が織田信長を
模した「嫁捕り大作戦」だったのでは・・・と訝しんでみたが、どう考えてもそんな器用なことを考えられる男
ではない。恐らく、至極単純に「俺ぁ嫁もらいにいくだぁから、目一杯カッコつけんべえ!」と
張り切っただけの事だろうと思われる。

話は大きくそれたが、病院でボーとしていて履物を履き間違えて帰ってしまう・・・・に似たような事件を、
私もしょっちゅう引き起こしてしまっているので、きっとそれは父からの遺伝であろう。同じAB型でもあるし。

私の姉がまだ嫁に行く以前の大学生やOLの頃、朝に洗面所から「イヤーーーッ!!」という悲鳴が聞えると、
それは大抵、父か私が姉の歯ブラシをウッカリ使ってしまっていたりするときであった。
忘れっぽくて間違えやすいこの性格を直すべく、もっと精進しなければ・・・。

忘れ事があまりに多いので、少しでも改善すべく「おぼえ書き用」の大きな壁掛けホワイトボードをAmazonで買ったのだが、
それを壁にかけるフックを、もうかれこれ2週間ほど買い忘れ続けている今日この頃である。

photo : saitama 2011
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by hideet-seesaw | 2011-06-18 17:46 | photograph


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