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real shimu-ken

BGM♪ Ain't that just the way / Lutricia McNeal


いつも、ある一品だけを買いにスーパーに入っても、店内を歩くと様々な商品が目に入り、
そして「これも買っておくか・・・」とあれもこれもと物色しだし、手だけでは持ちきれなくなって
買い物カゴが欲しくなる。

スーパーの買い物カゴは大概、店の入り口とレジ付近だけにしかなく、結局もう一度入り口まで戻るハメになる。
両手に抱えきれない程の商品を持って入り口付近に戻るとき、万引きに間違われないように
必要以上に堂々と歩いてしまうのは、私だけであろうか。チンパンジーのオリバー君よりも学習能力が
著しく足りない私は、そんなことを毎度スーパーへ赴く度に繰り返している。

先日、お腹に優しいピルクルだけを買いに、実家から程近いスーパーに行ったときのこと。

結局たくさんの品を買ってレジ袋へ詰める作業台?のところへ行くと、隣で腰の曲がった80代と思しき
老婆が、緩慢な動作で一所懸命袋詰めをしていた。すると、「ぼとぼとと」と音がして、おばあさんのレジ袋
から、鶏の唐揚げがたくさん落ちてしまっていた。袋が破けてしまったようだった。おばあさんは気づかない。

「あの・・・唐揚げ落っこっちゃいましたよ・・・。」と言いながら拾い集めてあげると、
「あぁあぁあぁあぁぁ・・・・・・・」と、まるで孫にフラれた時のような悲しい声をあげ、志村ケン扮するおばあさん
バリの西多摩弁で、悲しみを訴え始めた。

「あんだかよぉ・・・。袋が破けちまったんだぁなぁ・・・・。はぁ~~・・・・。もおダメだぁ、こりゃぁ・・・。はぁ・・・。」
魂の抜けてしまいそうな切ない溜息を吐いて想定外に落胆しだしたので、おばあさんから本当に魂が
抜けてしまったらシャレにならんと思い、「慰めの偽善者作戦A~対ご老体用~」を決行することにした。
より親近感を抱かせるため、こちらも使い慣れたバリバリの西多摩弁を用いる。
こんな場合、タメグチも宜しかろう。

「おばあちゃん、ちょっと落ちたぐらいダイジョブだぁよぉ!家帰って洗ゃあ食えんべえ?もってぇねぇよぉ!」

「落とした食い物3秒ルール」なんてクソ食らえなイジ汚い私の尺度でそんなこと言ってみたが、
それでもおばあさんの落胆はさらに急降下すること止まらない。というか、私の言葉を聞いていない。
「あんだかよぉ・・・・。はぁぁぁ・・・。あんだかなぁ・・・。」と繰り返して私の拾う唐揚げを見つめている。
・・・よほどこの唐揚げを楽しみにしていたのだろう。ヤバい・・・。このままではおばあさんが
悲しみの心臓発作を起こしてしまいかねない。

その悲しみ様と言ったら、靴磨きで手に入れたなけなし銅貨で買ったチョコトッピングアイスクリーム三段重ねを、
一口も食べずに落としてしまい、悲しみに暮れて路頭に呆然と佇む哀れな少女のようだった。
あまりに悲しそうなので、新しい唐揚げを買ってあげようかとも思ったが、それもなんだかオカシな話なので、
とりあえず必死で「平気だぁよぉ!!洗ゃあダイジョブだぁって!!もったいねぇってばよぉ!!ホラホラ!
旨そうじゃんかぁ!!」と励ましていると、ふと、おばあさんがカラリと笑顔になり、こう言った。

「おれぁ落ちたもんは食えねぇけんど・・・ほんだらよぉ、これ、お兄ちゃんにくれらぁ。持って帰んな。」

何を隠そう三度のメシより・・・もとい、三度のメシが唐揚げでもノープロブレムなくらいの唐揚げ好きな
私である。(※参照 "like a crazy beast"
実は唐揚げを拾いながら「いい匂いだなぁ・・・・たまらんぜ。」などと思っていたのだ。それが伝わってしまった
のかもしれない。一瞬「え!?・・・そ、それなら・・・」と頂いてしまおうかと思ったが、それもまたオカシな話である。
落とした唐揚げを一瞬たりとも貰おうと思った私もツワモノだが、落として自分では食べられないと言った
ソレを笑顔であげようとするおばあさんも、なかなかの手練れである。そして丁重に断った。
なぜなら・・・その様子を先ほどから買い物客の主婦たちが数名、物珍しげにジロジロと見ていたからだ。
地元なので、知った顔もいたかも知れない。主婦になって買い物をしている同級生だってたくさんいる界隈だ。

「あれ・・・ヒデトじゃん。あ・・・拾った唐揚げ貰ってやんの!やっば~い。そういえば、小学生のとき
自慢げにドッグフードや蟻んこ食って見せてたっけ・・・。いい歳コイて終わってんな。あいつ。」

「あらヤダ・・・高水さんとこの息子さん、落ちた汚い唐揚げを嬉しそうに貰ってったわ!フケツだわ!
黴菌だわ!あきる野のスペースデブリだわ!!高水さんちって、どんな食生活なのかしらっ!」

なんて家族にまで糾弾は及び、母は泣き、父は呆れ、姉は寝込み、犬は喜び庭駆け回り、猫はコタツで丸くなり、
近所から村八分の憂き目に遭って、もうイヤんなっちゃって、家出して、盗んだバイクで走り出して、グレて、
腐ったミカンになって、流れ流れて、場末のバーで顔色の悪いバーテンダーでもして、「目つきがいい」なんて
どこぞの親分さんに見込まれて、杯を貰って、裏街道出世まっしぐらして、ゴールドエンブレムの
メルセデス・ベンツ600SELに縦縞スーツにサングラスでパンチパーマのイケイケ兄貴になって、
調子に乗って、オラオラして、敵対する組の鉄砲玉に撃たれて血が出て「なんじゃこりゃ~!!」って
叫んで逝って、唐揚げのせいで哀れ東京湾の藻屑となってしまってはたまらない。だから貰わなかった。

家に帰ってボソボソと冷たいメシを食べながら、やっぱり唐揚げ貰っておけばよかったかな・・・と、
ちょっと後悔したあとに、ピルクルを買い忘れていたことに気が付いた。


model : aki

# by hideet-seesaw | 2012-03-07 09:20 | photograph | Trackback
the days of wine and recollection.


BGM♪ Nur Wer die Sehnsucht kennt / Tchaikovsky


14歳のときに、その人に恋をしていた。
しかし、その人には触れることも話しかけることも、そして、会うことも叶わなかった。
ただじっと、一葉の絵となりしその人を見つめ、その瞳に点る小さな光に夢見心地に恍惚となりつつ、
実らざる永遠の片想いに、細い溜息をついたものだった。

美術の教科書にあった人物画の章で、1ページ分をどどんと使い、どどんと微笑むモナ・リザの片隅に、
小さくその人は、いた。

フェルメール作「真珠の耳飾りの少女」。  

全くもって理解不能な数学の時間。教師の唱える意味不明なサインコサインタンジェントの呪文も上の空に、
数学の教科書の下に隠した美術の教科書を盗み見ては、暗い影の中に優しい光を浴びてさりげなく振り向く、
もの言いた気な耳飾りの君との秘かな逢引を愉しんだものであった。

今思えばそんな私は、根暗なことこの上ない少年であった。根暗と言うか、いささか危ない。
そして、数学のテストでは前代未聞の惨憺たる成績を収めたのは、言うまでもない。

時は20年ほど経ち、つい先日のこと。FMラジオでフェルメール展が銀座で催されていることを知った。
忘れかけていた耳飾りの君との日々が記憶の底から蘇り、いてもたってもいられずに、早速赴いた。

耳飾りの君は、そこにいた。変わることなく、むしろ、どどんと微笑むモナ・リザの片隅に追いやられ、
数学の教科書の脇からちんまりと振り返っていた頃よりも、彼女は美しくなっていた。
美しくなった彼女をしばし見つめ、あの頃感じた切ない想いが鼻の奥にツンときたときに、踵を返して
私はその場を立ち去った・・・。

その刹那。背後で「カシャキュン」と、別れの寂寥感をブチ壊すかのように携帯で写メを撮る音がした。
展覧会で写真なぞご法度であろうと思い、少々気色ばみつつ辺りを見渡すと、そこかしこで作品に向けて
写真を撮っている来客たちがいるではないか。

この展覧会の作品は、実物を忠実に、且つ350年もの時を経て色褪せたものを、デジタル処理で当時の
色彩を再現した模造であるため、撮影も許可されているらしい。それを察知するや再び踵を返した私は、
耳飾りの君の前に陣取り、持っていたデジカメで「これでもか」と言うくらいシャッターを切っていた。

心疲れて眠れぬ夜に、瞼の奥に焼き付けた彼女をそっと呼び起こし、もの言いた気な彼女の瞳に
もの問いかけてみたりして、己をそこはかとなく慰めてみるような日々を送ってみようと思っていたのだが、
禁猟区と信じ厳かに踏み入った聖なる追憶の園が解禁猟区だと知るや、図らずもおっ取り刀の写真狩人と
化した自らの「シャッター鬼切り」の愚かな行為によって、そんな甘美な企ては見事打ち砕かれてしまった。

今、カメラに残る耳飾りの君の写真データを永遠に消してしまい、当初のおセンチ計画通り、
時々そっと美しき妄想に耽ることにするか、写真を永久保存版にがっつり残して、iPhoneの待ち受け
にでも起用して、毎日眺めてニンマリするか、激しく心が葛藤している。

フェルメール光の王国展 ~2012.7.22[SUN]

model : mayumi muroya









# by hideet-seesaw | 2012-02-07 13:20 | photograph | Trackback
longing for seton.

BGM♪ La valse d'Amelie / Yann Tiersen


あれはシートン動物記に激しく執心していた小学4年生の頃。

動物好きが高じ、飼犬のモリ(メス・雑種)だけでは飽き足らず、屋根の隙間に作られた巣から落ちたスズメのヒナを
育ててみたり(呼べば来るほどものすごく懐いた)、祖母の畑に張られた鳥避けネットに絡まったヒヨドリをレスキューしてみたり、
(助けたにも関わらずツツかれまくって出血)、近所を闊歩する野良猫に生きた鮎を捧げてみたり(見向きもせずに行ってしまった)、
親子で夜間飛行の練習をしていて私の部屋に飛び込んできたモモンガの子供を飼い慣らそう
としたり(ものすごく臭い尿を暴れ散らしながら逃走される)・・・。執拗に動物に接したくてならなかった。

もうとっくに時効であろうから告白するが、近所にあった養鶏場から生まれたての卵を失敬してきて、
数日温めたこともある。ヒヨコが欲しかったのだ。無論、無精卵が孵るハズもなく、そんな保健体育的な
事情を知る由もないアホな小学生は、ウンともスンとも物言わぬ卵をじっと見つめて途方に暮れたものだった。

その年の暮れ。父が「クリスマスは何が欲しい。」と訊いてきた。父がそんな事を訊いてくるなんて
とても珍しいことであった。なにせ、空前絶後の大ブームを起こしていたファミコンを地団駄踏んで泣き喚こうが、
シナを作って甘えようが、頑なに買ってくれなかった父である。(※参照little whiskered man.

一瞬「ファミコンを・・・」と言いそうになったが、動物執心熱が大炎上中の私の脳が、それを許さなかった。
「に・・・ニワトリが欲しい」と言ったのだ。ヒヨコでも良かったのだが、小学校の鶏小屋でニワトリが毎朝卵を産み、
飼育係がうやうやしくそのホカホカの卵を回収する作業を羨望の眼差しで見ていた私は、ニワトリそのものを貰えば、
ニワトリの世話も出来るし、産まれた卵からヒヨコも育つ!と、一石二鳥ならぬ一鳥二卵三ヒヨコな皮算用を咄嗟にしてのけた。
算数が全くできない大バカだったが、こういう計算は早かった。

「ニワトリ・・・?わかった。」と父は快諾し、私の夢は現実に一歩近づいたのだった。「じゃあクリスマスはニワトリだよ!」
と念を押し、言うが早いか、庭にあった木でできた一升瓶のケースを何個もバラし、通信簿で図工と音楽と体育
だけが「よくできました」のバカな小学生に有り勝ちな成績にモノを言わせて、鶏小屋をトンテンカンと2日で造りあげたのだった。

そして待ちに待ったクリスマスの晩、父の「約束どおり」我が家の食卓にはケンタッキーフライドチキンが山の様に盛られていたのだった。
私が懸命に鶏小屋を作っているのを父も目の当たりにしていたハズなのだが、おそらくいつも庭先で意味不明の
創作工作活動をしていた私なので、気にも留めなかったのであろう。飼うハズだった物を食らうという、
予想だにしなかったクリスマスの悲しい結末に相当落胆したが、初めて食べたケンタッキーは旨かった。

そんな傷心覚めやらぬ数ヵ月後のことだったと思う。父が「Tさんがキツネを捕ったらしいぞ!見に行くべい!」
と誘ってきた。聞けば、悪戯をする野良猫を捕らえるために設置しておいたワナに、キツネが掛かったというのだ。
私の生まれ育ったあきる野市(旧五日市町)には、タヌキや猿、イノシシや前述のモモンガなどがおり、結構
な野生動物天国であるのだが、私はそれまでキツネを見たことがなかったので、喜び勇んで父に連れられ
捕らえたという近所のTさん宅にお邪魔した。

そこで目にしたものは、庭先の棕櫚の木に貼り付けられたキツネ皮の天日干しだった。

「ほほう・・・いい皮だあな。」「さっそく絞めて剥いだんだあよお。」などと無骨な会話を交す父とTさんを尻目に、
私は哀れなキツネの皮に近づいて、そっと匂いを嗅いでみた。強烈なケモノの臭いがした。
主の入ることのなかった私の造った拙い鶏小屋は、後に庭の片隅で空き缶入れとなり、
いつしか朽ちて消えて行った。

そんな過ぎし日の思い出蘇る、しんしんと屋根に雪のふりつむ夜である。


model : ai



# by hideet-seesaw | 2012-01-24 00:33 | photograph | Trackback
cold blast


BGM♪ James / Billy Joel


日増しにパソコンに届く迷惑メールが増えている。

そんな先日。普段なら見向きもせずに破棄してしまう「10代の家出娘たちの援助募集!おうちに泊めて!
お礼はなんでもします・・・♡」とか、「既婚女性リフレッシュの為の元気な男性会員募集!」などといった、
怪しいことこの上ない迷惑猥褻メールに混ざっていた一通のダイレクトメールに目が留まった。

「楽天トラベル・2000ポイント割引キャンペーン!」

いつもなら開封もせずに破棄なのだが、ちょうど茨城に宿泊する予定があったので、
珍しくそのダイレクトメールを開けてみた。
読めば、そのメールを通して宿に予約をすれば、2000円割引であるらしい。
これが冒頭の様な迷惑メールの類なら、危険すぎるので鼻にもかけないのだが、この送り主は
天下のネットショッピングサイト「楽天」のものである。しかもタイミングが良かったので、さっそく
宿を物色してみると、目的地に程近い場所で「ワケあり部屋!格安!素泊まり2980円!」
というのを見つけたのだ。

まず値段に喰いつき、部屋の写真や設備をチェック。悪くない。して、その「ワケあり」のワケとは?
見れば、「この部屋の暖房機は、音が少々大きめなので、そのために格安です。」と、
テレビのカタログ写真脇に書いてある「※画面はハメ込み合成です」みたいに小さく書いてあった。

少々うるさいくらいなら、なんてことないだろう・・・2980円なら、2000円割引で980円!?
ブラボー!!と、深く考えもせず、値段に釣られて結局その宿に決めたのだった。

そして当日。渋滞なく快適な高速道路をすっ飛ばして宿に着くと、見てくれは普通のビジネスホテルである。
可もなく不可もなく、泊まるだけなら十分な宿である。この寒い時期になぜか半袖のホテルマンにキーをもらい、
件の部屋へ。窓に映った田園風景に燈る小さな街の灯に旅情もひとしおで、破格の宿泊費も手伝ってゴキゲンである。
「うるさい」と、ワケありの折り紙つきの暖房君も、ごおごおと確かに少々うるさいが、それは私の実家にもある
古いタイプの暖房機に有り勝ちな程度のものであったので、懐かしいくらいだ。
980円で泊まれるなんて、俺はなんてラッキー野郎だ!と、写真を撮って友人に自慢したりして、
一人ハシャいでいた。

最初は静かな夜だった。ユニットバスに浸かってあたたまり、寝る前のひとときを持参した杜仲茶をジジむさく飲みながら
ダラリと過ごしていると、それまで大人しく部屋をあたためてくれていた暖房君が、隠していた「ワケあり」の
本性をむき出しに、突然シャウトし始めた。

「けーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」という、大きくはないが、生理的に非常にイヤな
音である。教室の黒板を爪で引っ掻くのに似たジャンルのサウンドである。これは参った・・・。

普通に取った宿ならば、フロントに電話を掛けて「暖房がうるさくて敵わんのだがね、部屋を替えてもらえん
かね。ちみ。」と、「客」という立場をふんだんに活かし、パイプを燻らせながらカイゼル髭を撫しつつ居丈高
に物言いでもしてしまうところだが、生憎私は「ワケあり部屋」を承知で、しかも2000円割引の980円野郎
である。文句が言えない。

例えるなら、「アナタが貧乏でも構わないの!私・・・アナタのお嫁さんになりたい・・・。でも、私、夜中に
ずーとオナラが出ちゃう体質なの・・・。それでもいい?」と言われて、オナラくら構うもんか!と、
諸手を挙げて嫁にもらったものの、夜な夜な「ぷーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」と鳴る屁に
閉口し、「屁がうるさくて敵わんのだがね、嫁を替えてもらえんかね。ちみ。」と言うようなものである。
人として、これはなかなかできまい。

止むを得ず暖房君にはお休みしてもらい、静かな夜が再びやってきた。そして、値段相応にバッチリと
北向きな部屋は、北風小僧の寒太郎に吹きつかれ、しんしんと冷えていった。

寒くなると、おしなべて人間は心細くなるものである。余計なことも考え出す。
以前、大好きな夕方のFMラジオを聴いていたら、ウソかホントか知らないが、こんな話題が流れてきた。

「ホテルなどでは、いわゆる”いわくつき”の部屋はつき物で、そういった部屋は業界用語で”けがれる”といって、
不思議と怪奇現象が起きやすいのだ・・・。そんな部屋には、客には分からないように、壁の絵の額縁裏などに、
こっそりと”おふだ”や”お守り”を貼ったりするのだ・・・。」

もともと怪力乱神の類に滅法弱いチキン野郎な私である。
ずっと以前、かのホラー映画「リング」の予告CMを観ただけで、危うく失神しそうになったほどに。

泊まった部屋には、抽象的かつ奇抜な色でポップな、要するにヘタクソな薔薇の絵が額縁に収まって
飾ってある。考えまいとしても、その額縁の裏が気になって気になって仕方がなくなってしまった。
その部屋の宿泊代のべらぼうな安さの答えが、その額縁の裏にある気がしてならなくなってしまったのだ。

もしもこの額の裏に「耳なし芳一」が如く、これでもかというくらいビッシリと「お守りお札」が貼ってあったら
どうしよう・・・。

そのときは、迷わず「へ・・・部屋が怖くてたまらんのだかね、こ・・・怖くない部屋に替えてくれんかね。ちみ。」と、
フロントに電話するだろう。そして、怖くない部屋に案内されても、怖くて眠れなくなってしまうだろう。

額縁の裏を確認するかしまいか散々葛藤した挙句、結局980円に感謝して、疑惑は疑惑のまま常備の
ハルシオンを飲み込んで、前後不覚に朝まで眠ったのだった。

小学生くらいのころ。夏休みになると「あなたの知らない世界」という、夏季限定の恐怖ドラマ番組があったの
だが、ものすごく怖いくせに、頭から毛布を被りつつ観てしまった。そして、その夜に必ず後悔したものだった。
人間の持つ、あの「恐怖への好奇心」というものは、一体なんなのだろう。

朝になり支度を整え、チェックアウトの寸前に恐る恐る額縁の裏側を覗いてみた。

なにもなかった。


model : yuya tsuruta




# by hideet-seesaw | 2011-12-07 22:31 | photograph | Trackback
a lovely galapagos island

BGM♪ In My Life / The Beatles


昔の漫画に出てくる21世紀の人々は、なんだかノッペリつるつるとした、体にぴったりの服装をしていた。
しかし現代人を見ても、服装など当時と殆ど変わらないどころか、わざと時代を逆行さえする。
唯一、漫画通りに服装の進化を遂げているのは、レディー・ガガ様くらいのものであろう。
そんな、手塚治虫も藤子不二雄も予想し得なかった現代の進化に「インターネット」がある。

「超ド級」のつくアナログ夫婦たる私の両親(※参照analog color)のもとに、ついにインターネットがやってきた。

もとい。私が、緩慢と時代に取り残されつつある東京の片田舎に住むアナログ夫婦に「旋風」を起こすべく、
「インターネット」という名の刺客を送り込んだのだ。

要するに、彼らが唯一操れるデジタル家電である「東芝レグザ」で、インターネットが見られるようにしたのだ。
最近のテレビはネット回線を繋げばインターネットが見られる機種が多いので、これを利用しない手はない。

以前から両親に「インターネットを活用すべし」と薦めていたのだが、「パソコン怖い」の一点張りで
取り付く島もなかったのだが、昨年購入した液晶テレビの操作もようやく慣れてきた頃合であるので、
本日、半ば強引にテレビでインターネットを見られる環境を導入してみた。

インターネットという賽は振られた。後は彼らがそれを使うか否かで、時代遅れのわが高水家の今後は決まる。
落雷に燃え上がった炎を、怖がりながらも「利器」として使いつつ進化を遂げた原始の人類の勇気を、
我が愛すべき「超ド級アナログ夫婦」に与え給え。

東京のガラパゴス諸島と化した我が生家のこれからの進化を、ダーウィンの様に見守ってゆこうと思う。

そんなたった今、母から電話があり「秀人。”ウィッフィー”ってものを忘れてったよ。」と言うのである。
・・・うぃっふぃー?「ミッフィー」なら知っている。口がバッテンになっている愛らしいウサギのことである。
しかし「ウィッフィー」は、生憎知らない。

「なに・・・ソレ?」と訊くと、「なんかの機械だと思う。小さくて丸っこい。ウィッフィーって書いてある。」と言う。
その情報で分かった。モバイル回線「イーモバイル」の端末器を忘れたのだった。でも・・・ウィッフィー・・?
少し考えて、これも答えは出た。「Wi-Fi(ワイファイ)」のことであろう。そのまま読めば、確かにウィッフィーだ。
「これなに?」と電話越しに訊いてくるのだが、彼女にとって未知の領域であろう機械なので、
悪戯に刺激しても悪いと思い、答えなかった。正直に言うと、説明するのがメンドくさかった。

落雷の後に燃え盛る炎を、おっかなびっくり勇気を出して使ってみようとしている原始のヒトタチの所に、
チャッカマンを置いてきてしまった様な心境である。反省している。反省しつつ、爆笑する。

ともかく、Mr,Childrenの大ファンである母は、これで彼らのホームページなどもチェックできるし、
最近体調がすぐれず、一日の殆どをテレビの前で過ごす父にも、少しは良い刺激になればと願う。

デジタル機器にどっぷり浸かりながらも、実家の壁に消え残る昔描いた落書きを眺めつつ、
機械はデジタルに進化しても、人間はアナログ的なままの方がいいな・・・と思った今日この頃である。

photo: June, 2009 mitaka


# by hideet-seesaw | 2011-11-17 21:15 | photograph | Trackback
old man winter's murmur


BGM♪ L'aquoiboniste / Jane Birkin


人は、常に真実を追い求め、真実を知り喜怒哀楽する生き物である。
多種多様な情報が無秩序に錯綜する昨今、悪意ある情報を真実と信じ、振り回されて人は涙する。

私も、世に満ちたそんな悪意の情報や悲しき報道に憂い、心を翻弄されるのを恐れ、アナログ放送終了
を皮切りに、ほとんどテレビを観なくなってしまった。そしてそれを、頑なにデジタル放送受信可能な
テレビを購入しない理由として周囲に吹聴して止まないが、実はそれが財布の中に閑古鳥のカン太郎ちゃん
を飼っている為の代償だということは、敢えて伏せておく。

ならばいっそのこと、電波もネットもない人里離れた山奥に山小屋でも作って独り穴熊を決めこみ、
仙人が如き徒手空拳の山ごもり生活も悪くはないが、生憎、孤独に弱いたちである。ふた月もすれば人恋しさに
独り山小屋で発狂し、這う這うの態で人里まで降りてきて、空腹を畑の大根でも齧り癒しているところを、
髭髪蓬々の身なりをクマかなにかに間違われ、哀れズドンと一発お見舞いされるのが関の山であろう。

要は、悪意ある情報は大嫌いだが、人間は大好きということである。

昨日あたりから、ふいに冬将軍の尖兵が日当たりサイテーな我が家を訪れ、寒い。見た目とは裏腹に
元来自律神経虚弱、及び鼻中核湾曲症の口呼吸体質である為に風邪やインフルエンザにかかり易い私は、
いそいそと近所の内科医にインフルエンザ予防接種をぶすりと刺していただこうと赴いたところ、医者の診立てで、
すでに風邪をひいていることが発覚。熱があるために予防接種は「今日はダメ」と言われてしまった。

風邪が治ってから再度来院するのもメンドくさいので、「風邪っぴきだろうが岡っ引きだろうが、
あっしはビタイチ構わねえ!医者の先生、情けはいらねぇ!ぶすりと一突き、やっておくんなせえ!
さあここに!さあさあっ!・・・ひとつよしなに・・・後生でござんす・・・」
と、斜に構えてぐいと腕まくりして食い下がってみたが、「絶対ダメ」と敢え無く一刀両断され、
抗生物質やらなにやらを処方されて、とぼとぼと夕暮れの家路についた。

それにしても、風邪をひいているのに気づかないとは、我ながら目出度い神経をしているものだ。
真偽の程は定かではないが、ずっと以前にテレビを観ていて「裸で寝ると健康によい」という情報を知り、
また別の番組で、これまた真偽の程は甚だ不明だが、ロシアの片田舎で末期癌を患う老婆が
極寒ツンドラの吹雪荒れ狂う屋外で、薄着のまま寝袋で就寝という荒治療を試みたところ、
綺麗さっぱりと癌細胞が消えてしまったという情報を得て、持病の自律神経失調にも効くかも知れん
と思い立ち、以来続けてみているのだが、昨夜、換気のためと寝室の窓を開け放したまま裸で寝落ちしてしまい、
それが災いして風邪をひいたのかも知れない。かも知れない、というか、絶対そうである。

そんな、真偽不明の不安定な情報に惑わされる昨今ではあるが、今日、私は自ずから一つの真実に
たどり着いた。

「バカは風邪をひかない」のではなくて、「バカは風邪に気づかない」のである。

model : L.Bergmann


# by hideet-seesaw | 2011-11-09 22:10 | photograph | Trackback
eye can't believe.

BGM♪ Swallowtail Butterfly / Yen town band


先日、免許証の更新をするために府中市にある運転免許試験場にノコノコと赴いた。

私は左右の視力が極端に違う所謂「がちゃ目」で、「普通免許」までなら両目合せて0.7の視力検査を
なんとか裸眼でクリアできるのだが、幸か不幸か、トラックやバスを運転できる「大型免許」も持っているため、
「奥行き検査」なるものをやらなくてはならないのだが、これが滅法厄介なのである。

検査機械の小窓を覗くと、三本の黒い棒が縦に並んでおり、真ん中の棒が前後に移動している。
その三本が横並びに揃った時に検査官に合図を送るという至って単純なものなのだが、少々乱視の入った
「がちゃ目」の私には、裸眼ではこれが全然わからないのだ。以前、初めてこの検査を受けた際、
全然分からないので、めくらめっぽう合図を送ったら敢えなく不合格になり、数日後コンタクトをあつらえて
再度府中の試験場まで赴いたという苦い経験もある。従って、この奥行き検査にかぎり
コンタクトレンズを装着する。そして、免許証には「眼鏡等使用※大型に限る」などという、ややこしい
文句が付いてしまうのだ。

普段の生活に支障のない視力で、大型の車両もめったに乗らない為、コンタクトレンズの出番は、殊、
この免許の更新のときのみとなる。

普段生活に支障ない視力とはいっても、右目は乱視の近視。いつも視力の良い左目でカバーしている状態だ。
免許更新のために2年ぶりくらいに入れたコンタクトレンズのおかげで、物が良く見える。これは面白い。
壁の時計や試験場に隣接する武蔵野公園の木々の梢、その上空を飛ぶ調布飛行場のセスナ機、
遠くを颯爽と歩くキレイなお姉さま・・・などなど、よく見える。見えるものの立体感が普段とまったく違うのだ。
千里眼を手に入れた猿の如く、うきききぃと心の中でハシャぎまくってしまった。

これが災いした。

普段、安全運転を心がけているつもりだが、道路交通法に則り唯々諾々と、面従腹背の赴きで
そのまま2時間の強制違反者講習を受ける。参加したことのある方ならご存知かもしれないが、これが大層
退屈なのである。しかし、居眠りや携帯イジりをしようものなら、即刻退場&免許剥奪の憂き目に遭うという、
強力な権力を持った講習なのだ。まあ・・・昨年21km/hのスピード違反をしたのは紛れもない事実であるし、
交通安全の志を初心に帰って見つめなおすのも、この際ヤブサカではない。

その日講習を受け持った、おそらく警察官のOBと思しき初老の教官は、どことなく中尾彬に似た御仁で、
ユーモラスに面白く講習を進めていらしたのだが、私は右目に入れた千里眼のコンタクトが新鮮でならず、
初心奪還の志空しく、普段良く見える左目をわざと閉じて、新鮮な見え味の右目で外を見たり壁の時計を
見たり、前列のキレイなお姉さまを見たりして暫く遊んでいた。

そこに轟いた中尾彬教官の一喝。「おまえっ!さっきからウィンクしながらキョロキョロとなにしてるッ!!」

中尾彬教官のズ太い指先と、講習室の好奇な目線が一斉に私に向けられた。
厳正厳粛たる天下の桜田門主催の講習中に、私は「ウィンクしながらキョロキョロ」していたのだ。
威喝されるのも無理からぬ話。まさか「前列のあのキレイなお姉さまを、千里眼コンタクトで見てました!てへ。」
とも言えず、「いや・・・あの・・・目にゴミが・・・」などと、至極一般的且つ嘘バレバレな裏返り声の言い訳を
ゴニョゴニョと答えた。

「・・・おまえ。今後そんな挙動をしたら、退場にすっぞ。」と、先ほどまでの恵比寿顔を吹き飛ばして、鬼の
形相をした中尾彬教官から、妙にドスの効いたイエローカードを頂戴してしまった。
その後、講習室には「ぷぷ・・・くくく・・・ぷふっ」という、数人の笑いをこらえた音がしばらく続いていた。
通路を挟んだ隣の作業着姿の中年男性に至っては、私の顔を凝視しながら「ぶふふふふ」と、
露骨に笑っていた。

顔から火が出る・・・とはまさにこのこと。その後続いていた1時間ほどの講習のことは、殆ど憶えていない。
おそらく私は、茫然自失のハニワ顔で、虚空に魂を浮かべるという自己防衛手段で時間をしのいでいたと
思われる。

「高水。お前、バレないようにウォークマン聴いてるつもりだろうがな、教壇からは思いのほか見えてる
もんだぞ。」と、高校時代に数学の教師から忠告されたことがある。そんなことをほのかに思い出した。

では、何ゆえ普段からコンタクトをしないのか?と問われれば、それは面倒くさいからの一言に尽きる。
左右の視力の差がありすぎて、眼鏡は作りにくいと眼科では言われた。

例によって犯罪者風のウツロな顔写真の更新免許を受け取って、バイクに乗っての帰り道。
多磨霊園の桜の木から聞えてくる季節はずれのツクツクボウシの鳴き声が、傷心を撫でるように
そっと慰めた。そんな私の昔の夢は、勇猛果敢な白バイ隊員になることであった。

model : chie k
# by hideet-seesaw | 2011-10-21 17:37 | photograph | Trackback
a naughty anpanman

BGM♪ Virtual insanity / Jamiroquai


好きこそものの上手なれ。

昔から「機械イジり」が好きであった。小学校からの帰りしなにゴミ捨て場から壊れた時計や炊飯器、ラジカセなどを
拾ってきては、くまなく分解して庭先を散らかしてみたり。はたまた、愛犬住まう犬小屋に、油まみれた
それらの部品をコレクションしてみたり。ばらした部品を組み合わせて、まったく意味不明な機械らしきもの
を作ってみたり。そして、それを愛犬住まう犬小屋にコレクションしてみたり。

母親泣かせの分解・蒐集癖を遺憾無く発揮していた私だが、それが幸いして、自慢ではないが機械イジり
にはそこそこの自信がついていった。

中学生のころには、近所でも「機械が得意な少年」ということで少々名が知れ、やれビデオデッキを買ってきたが
繋ぎ方がわからん・・・というお宅に呼ばれて繋いだり、やれ扇風機が回らなくなった・・・というお宅に呼ばれて
分解修理してみせたり。挙句の果てには近所のオバサマたちから、当時流行っていた「アッシー君」や「貢ぐ君」に
ちなんで「繋ぐ君」(電気コード類を自在に繋ぎ操るから)と呼ばれたりして、何かと重宝がられていた。

そんなこんなで今に至り、昨今でもよく機械に関して頼られることが多い。今どき多いのは、やはりパソコン
のトラブルである。一般家庭に於いて、機械が苦手な人にとって一番厄介なのがパソコンのトラブルであろう。
ブラウン管テレビや洗濯機なら、必殺の空手チョップや回し蹴りをお見舞いしてやれば、それでケロリと直って
しまったりするカワイゲがあるのだが、繊細な電子部品の集合体たるパソコンともなると、そんなものお見舞い
した日には真っ二つになってしまう。

これは人間にも言える。頑丈単純なボブ・サップが珍しく風邪をひいたとする。そんなボブを極寒の日本海
にでも放り込めば、荒治療効果覿面に本懐し、そのままウラジオストクあたりまで泳いでいってしまうかもしれない。
はたまた、繊細虚弱な太宰治が毎度の様に風邪をひき、炬燵で猫の様に丸くなっていたとする。そんな
太宰を引きずり出して玉川上水にでも放り込めば、荒治療効果応報に鬱ぎこみ、そのままぶくぶくと
沈んで逝ってしまうかもしれない。

実際、遅い動きに憤慨して、ショック療法の正拳突きを喰らわせたら、
パソコンがウンともスンとも言わなくなって逝ってしまった可哀相な人を、私は知っている。

仕事の片手間で、そんなトラブルを抱えたパソコンを直したりすることが多いのだが、先日、友人のパソコン
を直した際にこんなことがあった。

その友人A(男・独身・30代)は、パソコン・・・というか、機械全般に於いてその仕組みや管理に疎く、使い放し
で「メンテナンス放置状態」のノートパソコンの調子が悪いと泣きついてきた。見てみれば、そのパソコンの
動作は、足かせを嵌めた亀の様に遅く、百日紅の木の上で泥酔した猿の様に不安定であった。

一通りのメンテナンスをしても動作が重たいので、インターネットなどから感染するウイルスやスパイウェアを
疑ってみると・・・それらを監視するセキュリティソフトが、とうの昔に期限切れになって停止しており、
何の用も成していなかった。しかも、何故かそんな意味のないセキュリティソフトが三つも入っていた。

呆れ果てて本人に、なんでこんな状態なのかと問いただすも、意味がよくわからないという。
まぁ・・・よくわからないから、私の助け舟を求めたのであろうが。

さっそく新しいセキュリティソフトを導入し、感染を検索してみると・・・でるわでるわ。
パソコンの動作に悪影響を及ぼすスパイウェアやウイルスたちが、未曾有の大漁であった。

Aのパソコンの状態を四畳半の部屋に例えると、ゴミや洗濯物、古雑誌や空瓶、男臭い万年床に煎餅布団、
こぼれてそのままのカップラーメン・・・などなどが散らかり放題(いらないデータが多い)な上に、
ゴキブリ(ウイルス)だらけである。ゴキブリホイホイ(セキュリティソフト)は三つも置いてあるのだが、
その中のベトベトの部分はすでに隙間なくゴキブリで黒々と埋まって用を成さなくなっており、ただの
「ゴキブリのいっぱい入った箱」と化している。そんな感じだ。

私くらい少しパソコンの分かる者が見れば、Aのそれは、いささか見るに耐えない状態のシロモノであった。

四苦八苦して散らかった部屋を片付け、邪悪な大量のゴキブリ達を撃退して、どうにか速くて安定した動作で
使えるようにしてやると、Aは驚くほど狂喜し、さっそく快適になったパソコンの動作を確認し始めた。

のだが・・・

あろうことか、インターネットで海外発信過激的猥褻動画項をつらつらと紐解いて動作を確かめているではないか。
しかも、パソコンに滅法疎いくせに、猥褻項に限っての操り方と詳しさと無駄のない動きの神がかり的な
ことといったら、まるで水を得た魚。筆を得た弘法。金棒を得た鬼。顔を得たアンパンマン。

先ほどまで、懸命にパソコンをメンテナンスする私の脇で胡坐をかき、興味無さ気に、のんべんだらりと魂を天井あたり
まで抜いてポケ~っとしていたこの男が、今や目に一点の曇りもなく、心なしか知的な眼光を点らせて、
マウスさばきも鮮やかにパソコンを操作している。その姿だけ見れば東大卒のエリートが、ノートパソコンで
仕事をテキパキとこなしている様な趣がある。画面に映っているのが、淫靡極まりない桃色風景であるのが
非常に残念だが。

男性諸君なら誰でも身に覚えがあるであろう。初めてのインターネットで桃色な秘め事を成そうとし、
そこかしこに張り巡らされた罠に痛い目に遭い、買ったばかりのパソコンが毒牙に曝され調子が悪くなる。
そこで大概二者に分かれるものだ。痛い目に懲りて二度とインターネットの桃色世界に手を出さなくなる者。
または、恐れよりも本能が勝り、試行錯誤で桃色世界の卑劣な罠と戦い、知らぬ間にパソコンにも強くなっている者。
もちろん私は後者だが、Aの場合はどちらにも属さない稀有な存在だ。彼は、本能の赴くまま、強引且つ大胆に、
機械音痴もなんのその、と突き進んだ結果、桃色世界の強者と成り得た。しかし、パソコンには全然強くなれなかった。
そしてなろうともしなかった。当然の結果、パソコンはゴキブリだらけの廃れ四畳半と相なった訳である。

大切な相棒たるパソコンに対する知識を身につけ、もう二度と粗末に扱うべからずと釘を刺したのだが、
人には得手不得手があるのは否めない。
ならばせめて、またしても懲りずにゴキブリを繁殖させてしまった四畳半から、間違ってもカードで
アマゾン川に流れる品々のお買い物などしない様にと祈るだけである。

急に冷え込んで、見事に風邪っぴきな今日この頃である。

model : yuya tsuruta
# by hideet-seesaw | 2011-09-25 22:21 | photograph | Trackback
river sprite

BGM♪ Cavatina -theme from the movie "The Deer Hunter"- / Kaori Muraji


今でこそ「あきる野の泳ぐフェラーリ」と、他称はないので自称するほどの水泳好きである私だが、
実は物心ついた頃には、水が怖くて泳げなかった。

私の父という人は、高校時代に水泳部の主将を務めたほどの水泳狂いで、当時、泳げない私をどこかの
プールに連れて行っては、ものすごく高い飛び込み台からモモンガの様に跳んで見せたり、激流の秋川渓谷上流に
連れて行っては、ビーバーの様に潜って見せたり。はたまた、水泳部時代の父が、卑猥なほど小さな競泳水着で
筋肉をムキキっとさせた、自画自賛な白黒写真を引き出しの奥からゴソゴソと出しては見せつけたり、
今は亡き「アイドルだらけの水泳大会」を観ながらストップウォッチでアイドル達の50m競泳タイムを計り、
「郷ひろみよりも、俺の方が速い・・・ふふふ」などと、これ見よがしに呟いてみたりと、
「水泳できるとカッコイイんだぜ」と執拗に私にアピールしていた。そして、男たるもの泳ぎのひとつも出来ない
なんて、カッコ悪いしモテないんだぞ・・・みたいなことを訥々と私に語って聞かせていた。

しかし、怖いものは怖い。近所を流れる東京で一番美しい秋川渓谷も、浅い所は鮎や鮠の泳ぐ姿が、木漏れ日に
輝く水面から垣間見えて美しく、幼心に水辺の趣が大層好きであったが、黒洞々たる流れ淀んだ深い淵は、
見るだに恐ろしく、側にゆくだけで戦々恐々として足が竦んでしまったものであった。

そんな、あきる野っ子にあるまじき貧弱気弱な私に業を煮やした父は、ある日突然、なんの前触れもなく
問答無用の強硬手段に出たのであった。

ある夏の日。父は私を「山に行こう」と誘い、愛犬と共に車に乗せて山へ向った。郷土料理屋を営む父が、
私を連れて食材の山菜やキノコを採りに山へ行くことは別段珍しいことではなかったので、その日も喜び
付いて行ったのだが、山の奥深いところに着くや、川の流れの深いところに突然私を放り投げたのだ。
父は私を放り投げながら「溺れても大丈夫だ!俺が助けるから頑張って泳いでみろ!」的なことを叫んで
いたが、私は正直「俺、死んだ・・・」と思ったものだ。案の定溺れる私を、後から飛び込んできた父は救い
ながら「暴れないでじっとしていてみろ。浮かぶから。」と言い放ち、ついでに手も放ってしまうので、また溺れた。
一緒に来ていた愛犬が、そんな様子を川べりでヘラヘラと笑っているように見えたのが、やけに印象に残っている。

その日、結局溺れて水をしこたま飲んだだけの私は、父が「よく頑張ったな」などと褒めてくれたが、
イジけにイジけて、川砂利にわれ泣きぬれて沢蟹とたはむれた。

その数日後。いつもなら保育園に行く時間に母が「お父さんが、今日は保育園休んでいいってさ・・・」
と言ってきた。本来なら思い掛けないホリデーに喜ぶところだが、数日前の傷心を引きずっていた私は、
その日の母の表情に一種異様なものを動物的な勘で敏感に感じ取り、子供部屋のタンスの中に隠れた。
事情を知っていた母はポーカーフェイスのつもりであっただろうが、強引な父のやり方を心配する母親の情
が表情に出ていたのだろう。そして、潜伏空しく私は他愛もなく父に見つかり捕獲され、「今日は浮き輪を
していいぞ」とダマされ、それなら楽しそうだと、他愛もなくサマーランドに連行されて数日前と同じ憂き目に遭った。

しかし、散々な思いをしつつも、その日を境に私の中から水への恐怖が嘘の様に消え去り、息を止めて潜ったり、
ヘタクソな犬カキで泳ぐことが出来るようになったのだ。その日、父は泳げない私を叱ることはせずに、
「お!今一瞬潜れたじゃないか!」とか、「お前はバタ足は最高に上手いな~」とか、小さなことを褒め
まくってくれたのだ。それがなんだか嬉しくて、必死で溺れ泳ぐうちに、水と戯れるのが楽しくなっていたのだった。
おまけにサマーランドからの帰りしな、お土産売り場で「秀人。今日は頑張って泳げるようになったから、
なにか好きなものを買ってやる」と言い、ブルドーザーのミニカーを買ってくれた。
今思うと、なんとも分かり易い「飴と鞭」である。大人になってから、そのときの事を父に訊ねると、
「まぁ・・・泳げるようになったんだから、いいじゃねーか。あはは」と答えた。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とし・・・」の諺を見ると、この時のことがいつもありありと思い浮かぶ。
あきる野っ子は小学生にもなると、夏休みは朝から晩まで飽かず秋川渓谷で河童の様に泳ぎまくり、
皆真っ黒に日焼けして過ごしていた。そんなあきる野っ子の友達たちには、私の知る限り、
泳ぎの苦手なヤツは誰一人としていなかった。

私は、獅子の様な父のおかげで河童になった。

photo : from "Kagetsu Bridge" Akiruno 2009.9
# by hideet-seesaw | 2011-09-12 01:43 | photograph | Trackback
viva! non-no

BGM♪ 涙がキラリ☆ / Spitz


以前も書いたが、温泉センターが滅法好きである。郊外の、どの街にも一つくらいはあるアレだ。

最近、車で10分ほどの近所に「灯台下暗し」な温泉センターがあるのを発見し、連日のように欣喜雀躍
と通いつめている。撮影で疲れた体を癒し、パソコンと睨めっこして凝り固まった心をほぐすために。

風呂に入るときは勿論、誰でもみんな裸になるわけだが、ここに服を纏った時とは違う人間観察の面白味
がある。堂々と胸を張って前も露わに大股で入ってくるヒトもいれば、ちゃんと前をタオルで
巧妙に隠し入ってくるヒトもいる。これは外見に関係なく人それぞれなので面白い。

一見草食系の気弱な感じの青年が、ガニ股で己の「珍」をモロ出しで、どかどかッとタオルを肩に担いだイナセな姿
で現れたり、はたまた、ボディービルダー顔負けの超マッチョ体育会系な色黒のお兄ちゃんが、ピンクの
小さなタオルで己の「狆」をチョコンと隠しつつコソコソっと現れたりと、この意外性が面白い。
そういうお前はどうなのだ?と訊かれれば、私はあの広い浴場や露天風呂の開放感を存分に味わいたい
ので、「朕」も露わな一糸纏わぬスッポンポンである。露天風呂脇にあるスノコを載せた「寝転び台」に
その姿で寝転び、風呂で火照った体を仰向けにして、流れる雲や飛び交うツバメを眺めつつ風に吹かれて
いると、そのまま空を飛んでゆきそうな開放感に思わず垂涎する。行ける時には、一日の疲れがどっと
出る黄昏時が好ましい。
風呂で癒されたフル朕で露天風呂脇に寝そべり、どこかの家の換気扇から漂ってくる香りに鼻を蠢かせ、
今夜はカレーにしてみよう・・・などと、食欲もひとしおである。

・・・が、そんな風呂屋では、しばし私の心の葛藤を促す出来事があるのだ。

風呂屋のスタッフであるオバサマたちが、掃除やお湯の検査、サウナの敷きタオルの交換、
備え付けシャンプーなどの補充のために約30分間隔で、やおら男湯に登場するのだ。

母親よりずっとご年配かと思われるオバサマたちと言えども女性である。
脇目も振らず、見事なフットワークで浴室内の作業をこなして、まるで空気のように黒子に徹するのだが、
いきなり現れた女性に対し「朕」を丸出しでオラオラっと闊歩しているのが、なんだか気恥ずかしくなってしまう
のは、これ人情というものであろう。

勿論、スタッフのオバサマたちは黙々と業務に徹しているわけで、ましてや私みたいな小汚い
男の裸体など興味のキョの字もないであろうが、やはり女性の前でそのままいるのは動揺してしまう。
他のメンズたちはどうなのか・・・?と浴室内を観察してみれば、さっきまで私同様「おらおら朕」の我が物顔で
浴場のど真ん中を闊歩していた御仁が心なしか通路の端っこをやけにそそくさと湯船に向ってゆき、
湯船に浸かりながら露骨な猥談に花を咲かせていた大学生たちは一斉に話題を変え、
ガバっとガニマタで頭髪をガシガシっと「男洗い」していたトッポイ兄ちゃんの「ガニマタ」が
「ニマタ」くらいにしぼんでしまったりしている様子が伺えたりする。
そこへきて私は、堂々と「曝し朕」すべきか、はたまたコソコソと「隠し朕」すべきか迷った挙句、
そのオバサマたちが居ないかの様に、そのままでいることにした。心の中ではかなりの動揺があるのだが。

それが、男湯に堂々と登場し、仕事に徹する彼女たちに対する礼儀であると勝手に心得たからだ。

と言うのは方便で、ただ気恥ずかしさを悟られるのがイヤな見栄っ張りなだけであるが。

そこで最近物思う。もしこれが天下の往来であったなら、たちまち私は猥褻物陳列的な罪により、要するに
ヘンタイとして連行されてしまうだろう。そして、今夜の夕食に・・・と予定していたカレーではなく、
無機質な部屋のスチール机で、刑事が出前を頼んでくれたカツ丼をボソボソと食べるハメになるだろう。

ということは・・・そう。大衆風呂とはちょっとした無法地帯なのである。そんな「ちょいアウトロー」な風呂屋
ってものが、開放的で私は大好きである。

先日、ちょいと長湯して良い気分になった浴場からの帰りしな、浴場出口の脇に「フット&ハンド・ダブル
マッサージャー!」などと、仰々しい幟が立っているコーナーがあるのに気づいた。よく見れば、なんの
ことはない。手首の大きさに二つ穴が開いたマッサージ器が机の上に置いてあり、その机の下に、
足の大きさに二つ穴の開いたマッサージ器が置いてあるだけのことであった。なんとも大袈裟な幟である。
普段だったら「ダブルじゃないじゃん。セパレートじゃん。」などと意味不明の毒をついて見向きもしないが、
その日は大変気分が良かったので、300円を払ってその機械を使ってみることにした。
旅行先でハイテンションになって、財布の紐が緩くなるのに似た気分である。

さっそく硬貨を投入し手足を機械に突っ込んで待機していると、10秒ほどして機械が動き出した。が、
調整が強すぎて手足がギチギチと締め上げられて、髪の毛が逆立つほど痛いではないか。
これはタマラン・・・と、ギチギチと締め上げる機械からようやっと手足を引っこ抜き、
目の前に貼ってある「使い方」の貼り紙をよく見ると、手足の各機械の脇に調整ボタンが付いていて、
それで強弱を調整できるとある。やれやれと、手、足、両方の機械の締め付けを弱くして再度手足を
突っ込もうとしたところ・・・作動中のマッサージ部分の「ゴロゴロ」が邪魔をして、手足が上手く入らない。

ならば一度電源を落として・・・と思って件の貼り紙を見てみれば、「途中で終了したい場合は電源をお切り
ください。※一度電源を切りますと、再度硬貨を投入するまで電源は入りません。」などと、あしからずに
書いてあるではないか。

「ヴイ~ン ヴイ~ン」と空しく音を立てる機械の前でしばし呆然と佇み、その音を背中で聞きながら、
とても悲しい気持ちで風呂屋を後にした。

model : yuya tsuruta
# by hideet-seesaw | 2011-08-14 23:31 | photograph | Trackback


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